EL ANACRONOPETE アナクロノペテー 抄訳版

繰栖良

第1章 前進することは進化の証明である

El Anacronopete:Viaje a China-Metempcicosis(1887)

アナクロノペテー

(時間遡行:中国の旅-輪廻転生)


作者:エンリケ・ガスパール・イ・リンバウ



あなたのために



アナクロノペテー



第一章 前進することは進化の証明である


 パリ――華の都、発展の都市。この日大いに賑わうさなかに、特別な発表があった。

 パリジャンたちの整然としたパレード、外国人がシャン・ド・マルス公園に一番乗りにするかも、その他そんなものと似たり寄ったりの与太ではない。学術・産業と科学によりよい発展をもたらす話だ。

 何をおいても、博覧会のあまねく発明の登場には好意的な反響があった。毎年恒例の競馬のグランプリ・ド・パリになすような行列が、伝統あるルテティア(注:西暦360年以前、パリはそう呼ばれていた)の上流階級の人々で形成されていた。

 彼らは列車に乗り、決して英語を話さず、これ見よがしにスーツとドレスを着飾り、個々人それぞれがいくつかの国の負債をちゃらにできるほどの報償金に比肩しうる資産を持つ者たちであった。


 実際、この1878年を契機に博覧会での活動が世界に広まったわけであるが、まだ7月に入ってから10日も経たないうちに、競争は熾烈さを増した。

 博覧会の過熱ゆえに、列車が行き交う中に労働者はおらず、旅行客が彼らの勤労日にだれかの往来を賭けの対象にすることもなかった。誰もが同じ経路をたどり、センス・オブ・ワンダーを身なりの全てに刻んでいた。

 ショップはどこも閉まっていたが、列車はすべての駅で「トロカデロ庭園行き!」と大声でアナウンスされ、あらゆる乗車駅で客室と荷台をごったがえらせる乗客たちを吐き出していた。


 セーヌ川の蒸気船、環状道路の市街鉄道、アメリカの路面電車――まさに現代のバビロニアに現存する最新の輸送手段のすべてが、誰もが見たがっている一つの目標へとまっすぐに向かっていた。

 それだけでなく真夏日の息苦しい暑さのなかにあって、人の川が2つ歩道に溢れた。自家用を除けば、パリの14,000台の2人乗りの馬車はそれぞれ10回までの稼働しか許可されておらず、280,000人までの輸送が限界だったからだ。したがって、一日に約200万人もパリを訪れようものなら、約170万人が徒歩での移動を余儀なくされたことになる。


 一生に一度あるかどうかという演説の舞台となるシャン・ド・マルス公園とトロカデロ庭園は、夜明けを待たずして、この日10時からパビリオンの祝祭館で幕開ける本講演のチケットを買えずにいるせっかちな人々の群衆で埋め尽くされていた。

 彼らはわずかなスペースの博覧会場への入場困難な状況に甘んじざるを得ず、いまだもって会場にアクセスままならない人々は桟橋や通りで苦悶していた。

 手回しを怠った、あるいは不運ゆえチケットの買えなかった者は、モンマルトルの丘や教会の塔、ボスケの丘、公園の高地に散らばり、屋根、記念碑、柱、凱旋門、展望台、掘り抜き井戸、キューポラ、避雷針など、あらゆる高い場所に集い、避暑のための雨傘、パラソル、麦わら帽子、扇風機、冷たい飲み物は雑貨屋からすっかりなくなった。


 一体パリで何が起きたのだろうか?

 確かに、陳腐な風刺画を面白がるくせに自分は世界の中心にあると思い上がるようなフランスの凡人たちでさえ、それは行動を起こすに十分な理由だった。

 科学は人類の歴史を変える一歩を踏み出したばかりだった。スペイン語で起動する一見風変りなそれが、世界に名だたるあまねく発明の強烈な印象をかき消すほどの輝きを放っていたのだ。

 そして実際に、その発明は聴衆の心に何をもたらしたのだろうか?

 フルトン(注:ロバート・フルトン。蒸気船の生みの親)は、ワットとパパン(注:ジェームズ・ワットとドニ・パパン)の実験を海上移動に転用し、船の水面下に蒸気による衝撃を与え、波をかきわけ進めるようにした。

 しかし、土曜日に吹く帆風とは違い、船が月曜日に出港しても目的地の港に到着するのは火曜日だ。それは長らくかかるし、節約できる時間があってもごくわずかだ。

  機関車を発明するおり、スティーブンソンはより短い時間で人間が長距離移動をするために田園地帯に鉄道のレールを敷きつめたが、それも一朝一夕にしてならないことはご存じの通り。

  モールス信号についても同じことが言える。電力を介して電線で文章を送信するにも、電流のスピードが1秒毎に地球4周とすれば、赤道の軌道をまるごと一周する場合、記述変換には実際240/1分(約7秒)かかる。これは変えようがない。

 こうした結果は時間の性質を必然的に避けられない。電信線なくして通信が不可能であることは言うまでもなく、「しっぽの長い犬が自分の尾をマドリードからモスクワに通す」ようにその電線も地点の端から端までつながれていなければならない。


 高名なジュール・ヴェルヌの類まれなる想像力も、スペインの裁判所に隣接するサラゴサの謙虚な男の本物の発明(注:ナルシス・ムントリオルと潜水艦「イクティネオ」)の前には子供のおもちゃ同然だった。

 地球の中心への旅(センター・オブ・ジ・アース)は、西暦の何世紀も以前にアテネの南の低地深くで鉛と銀の豊かな鉱脈を掘り出したギリシャ人に倣って穴をあけて地中に潜っていくだけであった。彼らの採掘深度は地底より浅いものではあるが原理は同じだ。

 あるいは、ガスバーナーの巧妙な理論を用いた熱気球の空中航行のアイデアについてはどうか。フリュールスの戦いでジュールダン将軍が敵地をスパイするため、モンゴルフィエ兄弟の気球を飛ばせたのと同じアプローチは、(細かい移動が困難であるため)つなぎ縄を制御する飛行士に操縦を任せるようなメリットがない。

 その他のヴェルヌの想像と言えば、店先で会計を待つさかしい買い物客を卑屈な態度でまねるがごとく、北極の雪解けを期待するがごとし艱難辛苦を耐え忍ぶことを学ぶような無意味なものだ。

 そして(『海底二万里の』)ノーチラス号にしても、ヴェルヌ台頭のずっと以前に、われらスペイン人のカタロニアの同胞ムントリオルが、彼自身の水中船「イクティネオ」ですでにテストを実行し、大成功を収めていた。実際、海底を調査するには、ダイバーの乗組員を集めるだけで十分なのだ。

  何よりも(この点に固執することをご容赦願いたい)、月曜日に沖積層を根こそぎ掘り返し、火曜日に始新世に到達し、水曜日にペルム期、週末にはマントルに至る。そしてフランスからセネガルに飛行船で20時間かけて旅し、あるいは遅かれ早かれ潜水艦での航海を終える。

 しかし、こうした物語が登場したのはこれらの発明が世に出た後であり、したがって、科学者が、昨日のことのように明日を追わざるをえない「未来」という絶対の真理の罠にかかることは、小数点桁以下の確率であることをご理解いただけたはずだ。


 世界は人類の箱庭であり、そこの住人たちは子を産み、それぞれが日進月歩を続け、あらゆる場所へ箱庭の裾野を広げるが、ものごとの基礎の慎重な研究は疎かなままに歴史は積み重なり、現代を支える。

 30分前に目撃した出来事の真実が30分経過する過程でねじまげられた場合、古代の歴史家の記述を盲目的に信用できるだろうか?我々の今後の行動があいまいな伝聞に基づく必要があるだろうか?

 ジャック・ブーシェ・ドゥ・クレベックル・デ・ペルテス(注:フランスの考古学者。1788年9月10日-1868年8月5日 ソンム渓谷にて火打石を発見し、初めて更新世、第四期のヨーロッパにおけるネアンデルタール人の存在を証明した人物)は一連の推論により人間の化石の存在を証明しようと考えたが、彼が採取した大腿骨がドンキホーテ山の低地のヒトにそっくりな動物種のものであった可能性はないだろうか?

 我々の過去は計り知れないものだ。

 科学の研究とは過去の回顧であり、多かれ少なかれが帰納法で行われるが、昨日起きたことを認識できない限り、明日のことをとりとめなく考えるのは無意味だろう。

だが“未来についての証明が不可能であること”を示すことを目的とするのではなく、ここは巨大な建築作品に表れるような、神の手を信じることにしたい。


 数学、物理学、自然科学の博士であるドン・シンドゥルフォ・ガルシアの哲学原理と彼の壮大な発明は、パリの熱心な人々を不安と期待で満たし、パリの叡智に(世界の頭脳と呼ばれていたにもかかわらず)収まりきらないものを必然的に目覚めさせた。


 とある紳士が実験場に向かうパヴィーアのフッサール騎士団の一人に尋ねた。

「大尉、スペイン人として、時間遡行機(アナクロノペテー)の詳細についてお聞かせ願いたい」

「恐れ入りますがお答えできかねます。

 私は祖国の敵と戦いました。男性に対しては警戒しますが、女性には親切であります。軍事規律、戦略、戦術も存じております。

 しかし、空の上を案内するための知見は、たばこが貴重だったころ、大学で毛布に放り込まれたときに学んだことだけです」

 彼はこう返したが、質問者は続けた。

「それでも私は、この機械を発明した優秀な発明者の同胞たるあなたの考えこそ外国人のそれよりも的を得ていると考えます」

「私はスペイン人であることを誇りに思っていますし、ガルシア上院議員の甥でもありますが、目下のテーマについては他の人より洞察力がすぐれているわけでもありません」


 船長と科学の巨人の関係にまつわるニュースは、彼の中に叔父の痕跡を見つけたいと考えた乗客の好奇心を倍増させた。

 マラソンの砂漠の平原や、ミルシアデスの足跡を探すカタロニアの畑のブドウ畑の間で、アッティラの馬の蹄跡を探すように、女性たちはドン・シンドゥルフォが既婚者かどうか、男性は彼の業績がいかばかりか、そして誰もが、彼が有名な闘牛士フラスエロの血縁者であるかどうか尋ねた。


「ところで本題に入るが、彼は何をしようとしているのだろうか」と誰かが言った。

 熱烈な愛国者が叫ぶ。

「我々フランス人は空の旅でくたくただ」

「確かに。絶妙なコントロールと目まぐるしいスピードでね」

 警官が慎重にサーベルに手をかけた騎兵から目を離さないようにしながら、適切な位置に立つ。

「私は否定しません」と4人目が口をはさんだ。

「好きな場所で大気圏を航行するのは素晴らしく壮大なことですが、遅かれ早かれその達成はなされるでしょう。

 しかし、知性ある人は、この乗り物に実際に何ができるかを想像できないでしょう。時をさかのぼり、今日ル・グラン・ヴェフールで食事をした後にパリを発ち、皇帝カルロス5世とチョコレートを食べるためだけに昨日のユステ修道院へ向かうのです」

「そんなことができるわけない!」とだれもが叫んだ。

「我々には不可能だ。そのための知己がない」と会場のだれかが続けざまに言った。

「しかし、この発明を証明した前回の世界科学会議はさにあらず、すべての疑念がすぐに払拭されるでしょう。

 ガルシア氏は本日、アナクロノペテーで未知の時期に出発し、素晴らしい探検の証拠を携え、一か月以内に帰還する予定です」

 すると愛国者が叫んだ。

「この発明者は、裏切り者のセダンを王位に戻すことを望んでいるナポレオンの信奉者であるに違いない」

「あるいはロベスピエールの恐怖政治を復活を望む者だ」

 と王党派の支持者は拳を握りしめて言った。

  一方「これは発明における大切な一歩だ」という賢明な意見もあった。

「アナクロノペテーが歴史を修復できるなら、失敗を修正することができるので祝福されるべきだ」

「その通りだ。切符売り場が開いたらすぐ結婚式の前夜行きを買うよ」と、バスに押し込まれた既婚男性が、彼のうんざりする妻を思い浮かべながらぼやいた。


(すでに圧迫されていた群衆を押しつぶす危険を侵さずにはいられなかったが)バスが橋の頭で停まったとき、乗客たちは歓喜に沸いていた。そして、誰もがバスから飛び降りて、自分の運命を追求するために最善を尽くして突破しようとした。

 ただいまお聞きいただいた話はフィクションのようであるが、この上ない真実である。

 シンドゥルフォ・ガルシア博士は、科学史に残る最も困難な課題である、時間を遡る旅に挑むため、実用的な実験を準備していた。

 今日まで抽象的な考えに過ぎなかった彼の発見は、どのような研究分野に属していたのだろうか。彼がすでに行っていた実験とは何であろうか。

 諜報員の面々は、この事件全体にどれほどの価値を見出すだろうか?

 明日に理想を求め、進歩の公式として「前進」を受け入れる世紀に、過去の真実を明らかにするという脅威は、一体どのように巨大な存在であったのだろうか。

 次章にて明らかになるだろう。

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