四杯目 翠玉の彼女
季節は九月 季節上秋ではあるがまだ暑い。どうなってんだ世界は。
素早く大学を終わらせて、バイトに行こうと電車に乗り込んだ。
喫茶店がある弁天駅までは電車で約二十分かかる。
その間、前に買った小説の続きを読むのが最近の習慣になっている
今日も冷房に冷やされながら、小説を読んでいるといきなり電車が揺れた。
身体が浮かび上がり重力がかかる。
どうやら電車の不備が見つかりしばらく止まるようだ。
店長に連絡をし遅れることを伝えまた小説を開くが、目の前に同年代くらいの女性が不安そうにしていた。
とりあえず席を譲ることにした。
「どぞ ここ 俺もう少し先の駅なんで。」
なんか不愛想な言い方だな。
「どうもありがとうございます。」
朗らかな笑みで返され少しまぶしく感じた。
無事電車も点検が終了し走り出した。
無事に弁天駅まで着き読んでた小説をしまう。
とぼとぼとバイト先まで歩きながら、さっきの女性を思い出していた。
あの朗らかな笑顔あれほど守りたいと思うものはない。
さらに眼鏡をかけていた。もうやばい。
完全にひとめぼれだ。語彙力がなくなってきた。急ごう。
「お疲れ様でーす」
少し息が上がりながら休憩室へと入る。
「おっ、笹原君お疲れ~」
店長が慌てながら休憩室に来る。
「ん?なんでいきなり息切れしてんの?」
指摘され思わず声が裏返る。
「いやっ↖そんなことないっすよ。汗」
あからさまに動揺してしまった。
「そんなことより笹原君。君には重大な仕事を与えよう」
制服にあらかた着替え終わりエプロンを締めていた時、店長からお声がかかる。
「なんですか?その仕事って」
店長の手には工具箱があった。
「ごめんね?上の看板が古くなってきたからメンテナンスをと思って、でも笹原君が来て助かった(笑)」
喫茶店のアルバイトをしている中で力仕事はよくあるが大工仕事を請け負うことはあまりなかった。
グラグラとおぼつかない足取りで屋根へとのぼる。
普段あまり気にしたことのない商店街を上から見下ろしてみる。
ちょっと感動したがすぐに仕事に取り掛かる。看板のそばに行きメンテナンスを始める。
少し動くと汗が出てきた。こんなことなら着替えを持ってくるべきだったな。
メンテナンスを終わらせタオルで汗を拭きながら下の喫茶店に戻る。
「店長 終わりましたよー」
店長は喜びながらアイスコーヒーを出し
「お疲れさまー! これ飲んで夜に備えてね!」
と労ってくれた。
時間は過ぎ夜営業の時間になった。
商店街の若い衆が飲みに来るが今日はその中に珍しいお客様が来た。
あの時の電車の女性だ。
恐る恐る声をかけてみる。
「こんばんは また会いましたね」
女性は慌てて顔を上げる。
「あっ…あの時はありがとうございました…」
「いえいえ 今日はどうしてここにいらしたんですか?」
興味本位で少し聞いてみることにした。
「今日からこの隣の呼賀に引っ越したんです。なのでこっちにも寄ってみようかと」
彼女は平美鈴と名乗った。なんと女優さんだった。
今度弁天の隣にある呼賀でご当地ヒーローの町おこしがありそれに抜擢されたのだという。
「すごいっすね女優さんなんて」
「いえいえそんなただの駆け出しなので…あっまだ何も注文してないですね。店員さんのおすすめお願いします。」
注文をうけたので作りにかかる。おすすめか何を作ろう。
オリジナルもいいがたまには初心に戻って、なおかつ彼女にふさわしいカクテルを作ろう。
冷蔵庫からオレンジを取り出し半分にカットする。それをハンドジューサーにかけてつぶす。出てきたピュアオレンジジュースと冷蔵庫にしまっていたグレープフルーツジュースとレモンジュースを同じ比率でシェイカーに入れる。これだけだと酸っぱいのでガムシロップを少し加える。シェイカーに氷を詰め、大きく振る。トップを外し冷やしておいたカクテルグラスに注ぎきる。
「お待たせしました シンデレラでございます。」
カクテルグラスに注がれたシンデレラをまじまじと彼女は見ていた。
ゆっくりと手を伸ばし、口の中に入れる。
「おいしい… スッキリしてて甘い…」
よかったお口にあったようだ。
「このモクテルはご存知かと思いますがあのグリム童話で有名なシンデレラの物語から名前を付けられています。」
「このモクテルには言葉があります。」
彼女は少し首を傾げ
「言葉?」
と疑問に思った。
「はい このモクテルには夢見る少女という言葉がついています。お客様が女優としての夢をかなえた記念として作らさせていただきました。」
彼女はその話を聞いた後、モクテルを飲み干し
「ありがとう 店員さん」
と一言告げて帰っていった。
彼女の夢の第一歩を祈りながら僕は後ろ姿を見送った。
その後彼女が出演しているご当地ヒーロー『ウォーシャンウォーリアー』は大人気となった。
わざわざ他県から見に来る人もいたがその人気もすぐになくなってしまった。
しばらくたった後の新聞で彼女が行方不明であったことを知り連絡しておけばよかったと後悔した。
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