二杯目 最初のメニュー(後編)

「いらっしゃいませ」


お客様が一人また一人と入ってくる。


「夜営業なんて久しぶりだね」


カフェタイムの常連さんが嬉しそうにカクテルを飲む。


「えぇ 新しいバイト君が入ってくれたので。」


店長も笑顔で返す。


「へぇ君が新しいバイト君か カクテル美味しいよ」


褒められた。顔がゆるゆるになりそうだ。我慢しろ。


「ありがとうございます」


軽く微笑みながら一礼する。


「オリジナルとか作らないの? バーテンさんとかは作ってるでしょ」


「いや自分未成年なんでオリジナルのカクテルは作りたくないんですよ

味見とか出来ないので味の保証とか出来ないですし」


オリジナルはそのバーテン個人の努力の結晶だ。

酒も飲めない若造が作る資格はない。


「そうなんだ でも飲みたいな~飲み過ぎたらあれだからノンアルコール

だったら作れない?」


盲点だった。

ノンアルコールであれば自分でも作れる。

店長に目配せをして許可をもらう。

微笑んだ。許可の合図だ。


「じゃあお試しで一杯作ります。何かリクエストはありますか?」


リクエストがあったほうが作りやすい。


「ん~特にないかな~好きに作ってよ」


難しいお題だがやってみよう。


「かしこまりました。頑張ります。」


「うん 楽しみにしてるよ。」


とは言ったもののどうしよう。

本来カクテルはベース・リキュールとお酒がメインだ。

それが使えないとなるとどうやって味を決めよう。 

無い頭を使っているとピンときた。

素早く休憩室に向かい冷蔵庫からパックを取り出す。

バイトの楽しみに取っといたのだが仕方がない。

そのパックを開けメジャーカップに注ぎステアグラスに入れる。

リンゴの香りが広がる。リンゴジュースを使ってみることにした。

そこにグレナデンシロップを入れる。酸味と少しの甘みが効いたザクロのシロップだ。

少し味見。

おいしいが味にばらつきがある。ライムも入れよう。

ライムを加えステアをする。ゆっくり丁寧に音を立てずに。

色が赤味がかったオレンジになったら頃合い。

ストレーナーをかぶせカクテルグラスに注ぐ。


「お待たせしました。どうぞ。」


恐る恐る常連さんの前に出す。


「おっ 待ってたよ~では頂きます。」


ゆっくりと口に運んだ。


「酸味と甘みがちょうどいいね。俺好きだよこの味。」


ほっとした。うまくできてよかった。


「お口に合ってよかったです」


夜の営業が終わり片付けをする頃にはもうすぐ夜が開けそうな空の色が広がっていた。


「明日お休みだよね?しっかり休んでね。」


店長が微笑みながら労ってくれた。


「はい ありがとうございます。」


充実感に浸りながら片付けをしていると


「ねぇ できればでいいんだけどあのカクテル私にも作ってくれない?」

と言われた。


急に言われたのでびっくりしたが元気はあったので作ることにした。

同じように作り上げ店長の前に運んだ。


「どうぞ」


どんなことを言われるか怖かった。

カクテルが店長の赤いリップの唇を通る。


「うん おいしいじゃん。よくできたね。」


褒めてくれた。よかった。


「これに名前つけてもいい?」


店長は笑みを浮かべながら言った


「もちろんです。お願いします。」


つけてもらえるならありがたい。

自分のネーミングセンスはないに等しいから。

店長が悩んでいるとふと窓から明かりが入ってきた。


「朝焼け…朝焼けの街なんてどう?」


ぴったりだ。思い切って首を縦に振った。

これが始まりのメニューとなった。

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