終章 泥沼

「それに、放ってた訳じゃないわよ。ずっとあなたに危険が無いか見守ってたんだから。ユリアは強いからそんなに心配もしてなかったけど」


 それはホントだと思う。こうして現れたんだから。けれど。


「そういう問題じゃないだろう……」

「魔王様は変わらないですね」


 ミルメアが小さな声で言った。


「メアは関わりあったの?」

 僕も小声でミルメアに聞く。ソニアがかつて魔王様の側近だったことだけは知っている。

「当然」


 短い回答。それ以上の言葉は無かった。

 側近がミルメアじゃなくソニアだったのは、相性の問題だったんじゃないかなんて邪推する。


「それで、どうしてくれるの?」ミルメアが口を開いた。「結局全部あんたの勘違いだったじゃないの」

 ユリアさんに向かってそう言い捨てる。

「ちょっとそんな言い方ないでしょ――」


 僕は咄嗟に反応したけど、フォローの続きが出てこない。原因は何であれ、結果だけ取り出すとそういうことになる。



「まあまあ。悪いのは全部あの人だから。見つけたら今度こそ息の根止めておくから許してあげて。ね?」


 魔王様が割って入った。

 あの人、とは、元旦那さんのことを指しているんだろう。もしかしてこの人が人間界にいるのはそういう理由なのかもと思い背筋が寒くなる。


 それは、と言葉を返しかけたミルメアが口を一度閉じ、それから何かを考えるような間を空けてから再び口を開いた。


「いいわ、じゃあ全部忘れてあげる。これでおしまい」

 それから人差し指でくると空中に円を描き、歪渦を生み出した。

「さよなら。二度と顔を見せないで」

「え、な――ちょっと待ってくれ」


 ユリアさんが慌てた様子を見せる。初めて見たかもしれない。


「待たない。ほら、行って」


 背中をぐいぐいと押し、荷物を詰め込むようにしてユリアさんを渦に追いやっていく。


「フィル、止めてくれ! 私はもう魔法を使えないんだ! 歪渦を作れない私があちらの世界に戻ってしまうともう二度と君に会うことができない!」


 魔法が使えないことに対しては他にももっ色んな問題があると思う。例えば、魔法兵団が一人の勇者を失ってしまうこととか、それに対する説明とか。それでもなぜか僕を中心に物事を考えるユリアさんが愛しくなって、僕はとりあえず安心させようと口を開く。


「えっと、それは心配しなくても僕が――」

「――は? あんたが、何?」


 ミルメアがその手を止め、振り返ってこっちにやってきた。


 そして僕の肩を思いっ切り掴んだ。爪が立っている。


 痛い。


「あんたバカなの? どこの世界に旦那のことを好き好き言ってる女のところに喜んで送り出す妻がいんのよ!?」

「そういうんじゃないから――」

「じゃあどういうわけよ!? そもそも! これ! あんたの何なのよ!?」


 ユリアさんをこれ呼ばわりして指差すミルメア。何、って聞かれても答えるのが難しい。


「私はフィルの――」

「ちょっと待ってユリアさん。分かってると思うけど変なこと言わないでね!?」

「変なことって何よ!? やっぱりあんた私に隠れて何かしてたんでしょ!?」

「してない! してないから!」


 痛い!


「隠れてなどではない! 『先』なのは、私の方だ! 魔族のお前なんかと出会わなければ、フィルとの間に子供を作っていたのは私の方だったんだ!」

「はあ!? ちょっとフィル!? どういうこと!?」


 ごめんなさいホント許してください。

 僕は何にも悪くないけど許してください。


「そうそう、ユリアの魔力のことなら私に心当たりがあるわ」


 魔王様が全く空気を読まない発言をした。

 おかげでミルメアの手の力が僅かに緩んだ。


「心当たりとは……どういうことだ?」

 ユリアさんが何かを期待するようなしないような顔をして聞いた。

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