終章 繁栄は罪

終章 先代

 キン、と小気味いい音が響いた。


「さすがに、それは見逃せないわ。ユリア」


 どこからか声が響いた。輪郭のぼやけた、人の形をした何かがユリアさんの背後に現れていた。


 霧が晴れるようにして、それは姿を現した。



 長身の女性だった。微かに赤みがかった黒のドレスのような服装。スリットが入っていて、白い肌と長い脚が惜しげもなく露わになっていた。


 その長い髪は、ユリアさんととてもよく似た銀色をしていた。

 先に声を上げたのはミルメアだった。


「魔王様!?」


 え?

 直後に背後を振り返ったユリアさんが口を開く。


「お母さま……?」



「「え?」」


 さすがに僕も声を上げてしまう。

 何の冗談かと思った。


 とにかく、ユリアさんの首はまだ繋がっていた。


 ミルメアが『魔王様』と呼んだその人が、どうやったのかは知らないけれど、鎧の刃を折ってその指につまんでいた。自らの首を切り落とそうとしたユリアさんの右腕は、文字通り空を切った。


 それ以外の状況を理解している人はこの場にいなかったと思う。


――この人を除いては。


「思い込んだら真っ直ぐなのは誰に似たのかしらね? 強いに育ってくれたのは嬉しいんだけど」


 なんとなくユニフェリアさんと雰囲気が似ている気がした。口調はこの人の方がはきはきした喋り方だった。


「ごめんねメアちゃん。迷惑かけちゃったみたいね」

「え、今『お母さま』って……」

「魔王、様……?」


 ミルメアも、ユリアさんも混乱しているみたいだった。

 この人の顔を初めて見る僕は、もっと訳が分からなかった。


「急にいなくなっちゃって、ごめんなさいね」


 二人の言葉には答えず、その人は言葉を続ける。

 人の話を聞かずに自分の言いたいことだけを言う性格はユリアさんに似ているのかもしれない、なんてこの場にそぐわないことを考えた。


「この人が、討ち滅ぼされたはずの魔王様で――それから、魔族に殺されたはずのユリアさんのお母さん……?」


 そもそも先代の魔王が女性だとは思いもしなかったし、それがユリアさんが憎む魔族の王だったということになる。


 果たしてその人は僕の問いを肯定した。


「ええ。初めまして。ヴィヴリア=ミルフィオリ=ネウェイラよ」


 ミルフィオリは、ユリアさんの姓だ。



「え、本人なの……? なんで生きてるの……?」


 二人ともが聞きたかったはずの質問を、耐えきれなかった僕が先に聞いてしまう。

 ヴィヴリアと名乗ったその魔王兼母は、特に何かを隠す様子もなく、三人に絵本でも読み聞かせるような口調でこれまでのことを話してくれた。


 

 ■


 

 少なくとも二つの事実が判明した。


 一つは、ユリアさんは、人間の男性と、魔族の女性――先代魔王との子だったこと。


 もう一つは、ユリアさんの両親が魔族に殺されたというのは、四分の一だけ本当だったこと。つまりそれは、お父さんが魔族に半殺しに遭ったということだ。



「だって、ある日私が帰ったらまさかの浮気現場に遭遇しちゃったんだもの」


 そしてその半殺しにした魔族というのが、この人だった。

 もし僕が同じことをしたら、ミルメアに同じ目に遭わされるだろうと思った。

 その後ユリアさんのお父さんは本当に殺されると思って身をくらますことにしたものの、さすがに娘のことは心配だったらしく魔法兵団の知り合いに預けた。


 その時の伝言が、「お父さんは魔族に殺された」だったという話だ。


「身勝手にも程があるぞ……」


 ユリアさんが呟いた。当時六才の事件だった。


「その時お母さんもどうしようもなくなっちゃってたんだけどね。ギルフィッツ君が優しくしてくれて――」


 その名前にはミルメアが反応した。人間界に消えて久しいとされる四天王の一人らしい。

 魔族の恋愛事情ってどうしてこうもどろどろになるのかと頭を抱える。


「――今は人間界の田舎で、ひっそりと過ごしてるわ」


 それを聞いてユリアさんが悲愴な声を上げた。


「どうして教えてくれなかったんだ……どうして一度も会いに来てくれなかったんだ」

「どうして、って、ユリアあなた別に寂しがったりする子じゃなかったじゃない」


 魔族だからか、それともこの人だからか、ユリアさんの問い詰めに少しずれた回答をした。

 この人は多分、ユリアさん以外にも色んなところに子供がいるんだろうと直感した。

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