四章 自決

 一転、僕は冷静さを取り戻す。思わず素直な質問を投げかけてしまう。


「そのままの意味だ。その模造品を作るのにも、石神兵を起動するのにも、膨大な魔力が必要だった。誰かの協力を仰いだ程度では、到底足りない量だ。そこでも私は、君に助けられた」


 話の繋がりが読めなかった。ユリアさんは言葉を続ける。


「私は、私の体内にある発導器を破壊したんだ。出口が無ければ生み出される魔力は蓄積され続けるだろうとな。結果は予想通りだったよ」



 僕は二の句が継げなくなった。


 正気を疑う行為だ。


 体内で魔力を生み出す器官と、それを魔法に変換する器官は、実は明確に解明されていない。それは、どちらも心臓の中に有する特殊な器官であるからだ。その魔力器官は、その人が死ぬと消滅する。だから解剖による研究も進まない。それを生身の人間で――自らの死をリスクとして負ってまで実験するなんて。


 とにかくユリアさんは、『発現不全』を自分で起こしたってことだ。


「……どうしてそこまで、って質問は何回繰り返しても同じなんだよね」

「分かってもらえて嬉しいよ、フィル――そうだ、ついでに一つ、話しておこうか」


 ユリアさんは何かを思い出したかのように、不自然に言葉を紡いだ。それからミルメアを見据えて言った。


「『発現不全』――と魔族に言っても分からんと思うが、私はそれで一時的に膨大な魔力を得た。それは石神兵を十を超えて起動できる量だ」


 それがどうしたのよ、とミルメアが呟く。ユリアさんには聞こえなかったと思う。言葉は続けられる。



「余った魔力をそのままにしておくのも勿体ないのでな。私はこことは別に、九か所に分けて石神兵を起動しておいた」

「なっ、あんた――」

「ああ、すまない。語弊があったな。正確には、まだ起動していない。起動のトリガーは、私の心臓の停止だ。石神兵自体は、通常見付けられない場所に配備してある。子供が大事だと言うなら考えて行動することだな」


 戦う力を失くしたユリアさんは、当然の如く保険を掛けていた。僕だからこそ石神兵との戦いで周囲の被害を最小限に抑えられたけど、あれだけでたらめに魔法を発動されたらとてつもない被害が出る。


 多分、ミルメアは事態の解消のために問答無用でユリアさんの息の根を止めることしか考えてなかったと思う。


「他にも聞きたいことがあるだろうが、私にはこれ以上話すことはない――さあ、フィル」

「ユリアさ――」

「これ以上の問答が必要なら、まず右か左か、どちらか選べ。その後で聞こう」


 交差する剣がかちゃりと音を立てた。二人の子供が、ぎゅっと手を握った。僕は口を噤む。


 これ以上時間を稼いでも事態は何も進展しないだろうことを悟る。


 僕は息を吐いて心を決めた。




「……メア、後は頼んだよ」


 何も言葉を返せない様子で、何とも言えない表情のまま僕の目をじっと見る。

 そして手に取った半開きの金属の輪を、首元に持っていく。


 文字通り自らの首を絞めるように、その首輪が僕の首に巻きつく――その瞬間だった。



「だ、だめ――『火鍾フィルビッド』!」「『氷錘ウォルフィア』!」


 虚を、衝かれた。


 それはこの場にいた誰もが同じだった。


 カナとキーンがばっと手を開いたのが視界に入った。

 その掌には、小さな魔法陣が隠れていた。

 小石程の大きさの火球と氷塊が僕の手と腕を襲う。




 刹那、ユリアさんは咄嗟に二人の首筋に当てていた剣身を裏返した。


 同時、ミルメアの姿が僕の隣から消えた。


 一瞬の判断に遅れた僕は回避行動も攻撃も何も間に合わないまま、二人が発動した魔法の直撃を受ける。手に持っていたものを取り落としながら態勢を崩して受け身も取れないままお尻から地面に倒れた。


 金属音が響く。


 それはユリアさんの両の剣が地面に落ちた音だと分かった。


 僕の視界に入ってきたのは、駆けてくる二人の子供と、ユリアさんを蹴り飛ばした直後に空中に巨大な魔法陣を展開したミルメアの姿だった。


「っ、だめだ!」


 僕は左手を伸ばす。


 発動の直前に魔法陣の破壊に成功した。



「止めるな!」


 ミルメアが叫んだ。


「だめだ!」


 僕はもう一度同じ台詞セリフを口にする。

 その隙に地に転がったユリアさんが体勢を立て直した。僕は二人の子供の頭をぎゅっと抱きしめてから、ゆっくりと立ち上がった。




「ユリアさん――ありがとう」


 僕の言葉に、彼女の顔が歪んだ。ややあって、ユリアさんは乾いた声を上げた。


「ふ、ははは。今頃二つの首が地面に転がっていたはずなんだがな」

「けど、そうしなかった」


 小さく一度、首を横に振る。




 じっと黙した後、ようやく口を開いた。


「君の子供の命を――私が奪えるわけがないだろう」


 ユリアさんは、その目から涙を流した。


 全てが終わったことを理解したんだと思う。



 ユリアさんは結局、咄嗟に剣を振るうことができなかった。急な抵抗に対して峰を使って制圧しようとした結果、一瞬の動作の遅れが生じた。それをミルメアが見逃さなかっただけだ。





「あたしには、関係ないことだわ」


 落ち着いた、けれど多分に怒気を孕んだ声だった。


 いつの間にか、ミルメアはユリアさんが取り落とした剣の一本を拾っていた。


「あんたは、殺す。石神兵も止める。それでこの件は終わりよ」

「メア――子供たちの前だよ」

「そうね。ちゃんと目を隠しておきなさい」

「メア!」


 僕はまた左手をかざす。


 何かあった時にすぐにその手から剣を叩き落とすためだ。


「フィル。大丈夫だ。私は殺されはしない」


 ユリアさんが、左の拳で右腕の鎧をがんと叩いた。手の甲から、短い刃が飛び出す。


「こうなるかもしれないと――いや、こうなることを分かっていたのかもしれないな」


 表情のない顔で、けれど涙は止まらないままユリアさんは言葉を紡ぐ。


「私は、君を奪った魔族を恨むよ。そして――」


 何かを決心したような顔だった。ぐっと堪えるような表情を見せ、再び口を開いた。



「君を心から愛していた――さようなら、フィル」


 その右腕は、剣を振るうような速度でユリアさん自身の首を撫でた。


「っ――ユリアさん!!」

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