四章 不可帰地点
ミルメアが呟いた。
僕にもそれは見覚えがあった。というより、一度僕の首に嵌まったことがあるものだった。龍族に代々伝わる秘宝で、この首輪を嵌めた者の行動を支配する魔道具だ。
「これは私が作った模造品だ。効果は、嵌めてみれば分かる」
ユリアさんが僕に目で促す。無論そんなものを手に取るわけにはいかない。
そして僕はまだユリアさんの目的が掴めていなかった。何とかこの状況を改善しようと僕は必死に言葉を紡ぐ。
「ユリアさん、えっと、もし僕に何かしてほしいことがあるんだったら――」
「さっきも言っただろう。私の望みは、フィル。君だよ」
苛立っているのがはっきりと分かる口調だった。
元々有無を言わさず物事を進めるような人だったけど、こんなことをするような人じゃなかった。もしかしたら、このユリアさんは誰かに操られているのかもしれない。もしくは、全く別人なのかもしれないなんてことを思った。
「二年に比べれば短い時間だろうが、それでも私はこれ以上は待てない」
右手の剣をすっと引く。一瞬遅れて、キーンの首に一筋の赤い線が走った。
「っ――!」
ミルメアが声にならない声を上げた。見ると、血が流れるほどに唇を噛んでいる。ミルメア自身が今何もできないことをよく分かっていた。
「分かった。分かったよ」
僕は地面に落ちているその魔法具を拾い上げた。まさかこれをまた身に着けることになるとは思っていなかった。
僕はミルメアに目で語りかけた。きっと、また僕を助けに来てくれることを信じて。
それから僕はユリアさんに問いかける。
「ねえ、一つ教えて欲しいんだけど――これを付けたら、その後は僕の家族には手を出さないでくれるってことでいいんだよね」
それは僕自身の確認と、カナやキーンを安心させるために発した言葉だった。
ユリアさんは、心底理解できないといった表情を見せた。
「家族? 何を言っているんだ? フィル。君の家族は君の母上ただ一人だろう」
予想外の回答に、僕は動きを止める。
「――だが、今後魔族に手出しをしないことが望みなのであれば、それは約束しよう。無論、そちら側から手を出してきた場合には、その限りではないがな」
ユリアさんはこの回答を予め用意していたんだろうと分かった。これだと事実上何も約束されないに等しい。
ミルメアはまず間違いなく僕のことを助けに来るだろうし、その他の魔族が人間世界に侵攻した場合でも、ユリアさんは刃を向けるに違いない。
「……ねえ、どうしてそこまでしなきゃいけないの? ユリアさんが僕を必要としてくれるのは嬉しいけど、もっと他の形を選ぶこともできると思うんだけど」
可能性は低いと分かっていながら、それでも僕は一縷の望みにかけて説得を試みる。果たしてユリアさんは首を横に振った。
「いや。先程の君の発言で理解したよ。やはり私は正しかった。変えられてしまった君の心を取り戻すには、他の形なんて存在しないんだ」
「僕は僕だ! 変えられてなんかない!」
今の僕の全てを否定されたように感じて、思わず声を荒げてしまう。それに応じるように、ユリアさんの語気も強まる。
「私の両親と君の父親を奪った魔族を家族と呼ぶ君が、かつての君と同じだと信じられるわけがないだろう!」
「それとこれとは話が違う――」
「同じだ!」
とうとう叫ぶほどの声量になった。
「魔族がこの世に存在しなければ、私は何も失うことは無かった! 親も、君も! それから、この魔力もだ! ……もう私は後戻りができないんだよ」
息を大きく吐き、そして最後の言葉は絞り出されるように呟かれた。
キーンとカナを人質に取られてしまったのは、ユリアさんの魔力を感知できなかったからだ。それは隠蔽魔法の効果によるものとばかり思っていた。
「魔力って、どういうこと……?」
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