四章 龍の咆哮
僕が習得した、体内で発動させることができる三つの魔法の内の最後の一つだ。
僕は宙を飛び回りながら、僕自身を狙うものと子供たちが隠れている場所を危険にさらすような魔法陣を優先に破壊を繰り返していった。
その他のものは、仕方なく発動を許すことにした。
色とりどりの炎や氷の魔法が辺りを飛び交う。僕はその軌道や効果を予め読み解いているから回避には容易い。
ただそれも、この集中力が保つ限りだ。
僕の脳は急激な負荷に悲鳴を上げながらも、普段の何倍もの速度で計算をこなし百近くの魔法陣を破壊し尽くした。
石神兵の魔力ががくっと下がったのが分かった。
『対象ノ破壊ニ必要ナ強度ヲ調整――』
無慈悲にも、例の音声が流れる。
もう展開する空間もないだろうと思った僕の読みは甘かった。
今度は大小さまざまな魔法陣が、計七百五十。数え切るのでも精一杯だ。
僕の計算だと、これが魔力量の限界値だ。
耐えしのぐことができれば、僕の勝ちのはずだった。
先ほどと全く同じ方針で、宙を追い詰められる虫のように跳び回りながら魔法陣を破壊していく。
「つっ、ああっ!!」
ちょうど半数を折り返した辺りで、頭に激痛が走った。耐え切れず、一瞬目を瞑ってしまう。脳に記憶していた魔法陣のいくつかの術式が飛んでしまう。
直後、右足が何かに殴り飛ばされるような衝撃を受けた。僕は宙を転がって壁に激突する。
「か、はっ」
息が止まりながらも、痛みに耐え脳の処理を継続する。右腕から伸びる数多の鎖分銅は、僕が地面に落下する間も敵の攻撃魔法を破壊し続ける。
せめて、子供たちだけでも――
そうして地面に激突した僕はもう吐く息も残っていなかった。
ぐらぐらと揺れる視界に、大きな二つの魔法陣がこちらを向いているのが映った。
術式を読んだ僕は左手に魔力を通わそうとするものの、『脳神経強化』の後遺症のせいで体内の魔力伝導すらままならない。靴の魔法具は、衝突と落下の衝撃で二つとも壊れてしまっていた。
ああ、でもよかった。
この向きなら僕だけで済む。
そう安堵したのも束の間だった。
「パパ!」「パパぁ!」
聞こえてきた声に、僕は心臓が止まりそうになる。
キーンとカナがこちらに駆け寄ってくる姿が目に入る。
「っ、馬鹿、なんで――」
くそっ、どうせこうなるのなら――
僕が大きく息を吸い込んだ瞬間だった。
どがあんと盛大な音を立てて天井が割れた。
そして大きな声が響く。
「『
満月に重なるように展開された至極色の魔法陣から、耳を劈くような轟音を響かせて巨大な雷が炸裂した。
石神兵の外皮の半分ほどを破壊し、そして今にも発動せんとしていた魔法陣は魔力供給が不安定になったためか霧散した。
月光に輝く、赤翼。
「「ママ!!」」
二人の子供が、空に浮かぶ人影を見て叫んだ。
「遅いよ、メア」
僕は安堵のため息とともに、最愛の人の名を口にする。
「うるさいわね、あんたがこんなのにてこずるなんて思わないじゃないの――アレ、さっさとやっちゃいなさいよ!」
ミルメアが僕を怒鳴りつける。
きいん、と高い音が鳴った。それは子供たちを守る多層の魔力結界が施された音だと分かった。
懸念は、もうない。
僕はまたもう一度大きく息を吸い込み、腹に溜めた魔力を胸部、それから口腔へと移していく――
自分のものとは思えない巨大な咆哮とともに、その膨大な魔力の塊を放った。
――『龍の咆哮』
ほぼ水平に近い仰角で放った漆黒のそれは、石神兵を飲み込んではミルメアが空けた穴とまた別の穴を穿ち、石神兵の体とも洞窟の壁面とも分からない破片を辺り構わずまき散らす。
残響。
がら、がらとまだ何かが崩れる物音がするものの、この空間そのものが崩壊することは免れたらしかった。
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