四章 周到な罠
道の先に、光が見える。それは仄白く冷たい光だった。徐々に目を慣らしながら進んでいく。
辿り着いた場所は大広間のような空間で、中央に朽ちた巨大な祭壇のようなものが見える。
かなり広い。
壁面はただの岩肌じゃなく。石畳のような加工がされている。この洞窟の中でも、ここはさらに人工的にくり抜かれて作られたのかもしれない。
そして、その光の正体は月光だと分かった。この洞窟の天井が罅割れ、そこから光が漏れ差しているようだった。ちょうどその光は祭壇に当たっていた。
明らかに異質な空間だった。
僕が知る限り、魔族の建造技術では、とても作り上げることができない――つまりこれは、かつて人間が作ったものだ。
魔族が作らせたのか。
――何のために?
かつん、と、石を蹴飛ばしたような物音がした。それから、小さな声が聞こえた。
「パパ……?」
辺りの観察に夢中になっていた僕は、危うく当初の目的を忘れるところだった。声のした方に目をやると、瓦礫の陰から不安気な二つの顔が覗いていた。
「キーンと、カナだね。もう大丈夫だよ」
僕が声を掛けると、二つの顔は一気に綻んだ。「「パパ!」」と大きな声で叫んで、隠れていた場所から飛び出して僕のところまで駆け出してくる。
そして僅かな魔力の流れに、はっと気付いた。
「――っ、待って、止まって二人とも!」
カナの左手首、だけじゃない、キーンの右手首にも手錠のような魔方陣が見えた。二人はびくっと体を強張らせた。
――
僕の左手の鎖が、瞬時にその魔法陣を破壊した。
いや、破壊してしまった。
「反応速度が速すぎるのも……難点だよね」
その魔法陣の術式が何を意味していたのかを、脳が一瞬遅れて理解する。いつか僕がミルメアに言ったことだ。僕は魔法を破壊しているのであって、消しているのではない、と。その罠は、まさに僕を標的として仕掛けられたものだと分かった。
その魔法陣は、破壊をトリガーに発動するタイプのものだった。
「ごめん、もう大丈夫――おいで」
二人は止まっていた時間が動き出したかのように、わっと僕に駆け寄ってきて、抱きついた。
「大丈夫っていうか、大丈夫じゃないんだけどね」
僕はしゃがんだ体勢で二人の頭を撫でながら小さく呟く。
ごごご、とこの大広間が揺れ始めた。ぱらぱらと天井から砂が落ちてくる。
直後。
どんっ、と
急な異変に泣き叫ぶ子供たちをぎゅっと抱きしめる。
振り向くと、通路が大きな岩で塞がれていた。僕が破壊した魔法陣と連動するように前もって仕掛けられていたものだろう。
そして、おそらく後もう一つ――
があん、と鈍く深い音を響いた。それは、中央の祭壇が真上に吹き飛ばされた音だと分かった。高く打ち上げられた祭壇が、地面に落下し粉々に砕け散る。僕は繰絡・風切を展開し、飛んでくる瓦礫から子供たちの身を守る。
地の底から這い出るように、祭壇を破壊して空けた穴から大きな手が伸びるのが見えた。
「『
僕は二人を抱え、近くの瓦礫の陰に跳んだ。子供二人が身を隠すには十分な大きさだ。
「パパ!」
「離れないで!」
僕のローブの裾をひしと掴んで離さない二人に声を掛ける。
「ちゃんと『
僕はキーンとカナの頭を軽く撫でる。それから懐から葡萄くらいの大きさの蒼い水晶を取り出し、指の先で割った。破片はキラキラと輝きながら宙に舞い、二人はじっとそれを見つめた。
魔法を直接使えない僕が、もしもの時に持っている魔法晶石だ。魔法具の一種で、今のは『
僕は続けざまに、翠と深紅の球体も割る。
「僕はちょっとだけやることがあるからもう少しの間だけここで待っててね。すぐ、家に帰れるから」
キーンとカナは、まっすぐな目で僕を見て頷いた。
背後の音は、さっきより激しさを増していた。
僕は物陰から飛び出て、壁を蹴ってこの空間の中央に着地した。
そこで見たものに、僕はため息をついた。
「やっぱりね……」
穴から這い出てきているそれは、後は片足を引き上げるだけの状態になっていた。
――
人間の世界にいたときに書物で知った存在だった。
これは、魔族じゃない。
かつて人間が魔族の力をどうにか制御しようと研究を重ねた結果生まれた兵器だ。
遠い昔、複数の国が合同で進めていた研究が失敗して、その研究施設が一つ犠牲になったのが歴史に出てくる最後だったと記憶している。
それがどうして、魔界のこんな場所にあるのかは分かる由もなかった。
念のため、僕は子供たちが隠れている瓦礫からさらに距離を取る。
その姿は、ごつごつとした岩と粘土で人の形を作った上に、石英のような尖った魔法鉱石を各所に適当に突き刺したような外見をしていた。頭頂部にはまるで角のように大きな一本が刺さっている。
物は試しと、折るつもりで鎖分銅で思いっ切り叩いてみたものの、その角はびくともしなかった。
「魔石はさすがに物理じゃ砕けないよね」
魔石どころか、そもそも岩を砕くのも一苦労だ。
つまり、この相手は僕の天敵になる。
そうしている内にようやく全身が穴から出たみたいだ。全長は三メートルくらいあるだろう。それでも天井の高さには足りていない。言い換えると、この部屋は石神兵が暴れるに十分な空間があった。
そいつは僕の方に顔を向けると、落ち窪んだ目の部分に赤い光が灯った。そして両の腕を振り上げ、どんと叩き付ける。まるで生きているみたいな仕草だった。これが例えばトロールなら唸り声でも上げているところだろう。
その拳を僕に突き出すと、巨大な魔法陣が展開された。
「っ、いきなりってわけね」
長い、耐久戦が始まった。
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