四章 愛は戦争

四章 二年後、働く魔王

 あれから、二年の月日が流れた。


 結局、僕はこの世界の魔王になった。



 カタリナとは喧嘩別れみたいになったけど、僕が魔王になることに反対まではしなかった。それどころか、反乱を起こした小国の鎮圧に兵を差し向けてくれたくらいだった。


 王といっても、魔界の全ての国を僕が直接統治することはしないことにした。この魔界には、四天王が治める四つの国に加えて、パラパラと小国が点在している。それについては、その土地を治めていた種族の王だったり、長だったりに統治を任せることにしている。カタリナが僕に手を貸してくれたのはその方針があったからかもしれない。



 それから、僕が目標に向けて取り組んでいることがあった。

 意識がある状態でのミルメアとの初めてはとてもぎこちないものだったけど今は慣れて――いや、そんな話までしないでいいかな。


 結果だけ言うと、僕がミルメアとの間に作った子供の数は、優に魔法学校の生徒の数を超える程にもなった。そしてその子供たちは、まさに僕の作った学校に通っている。


 その学校で教えているのは魔法だとか戦い方だとか――それはそれで教えてはいるけれど、それだけじゃない。


 作物の育て方だったり、魔石の作り方だったり、つまりこの世界で人間がやらされていたことの全てだった。


 僕は、この子供たちが、人間の代わりになればいいと思っていた。それは奴隷の代わりをするとかそういうのじゃなくて、自分たちのことは自分たちでするようになればという思いだ。



 もちろん、まだ全然数においても能力においても十分じゃないけれど、少しずつ効果は出てきていた。


 このミルメアと僕が治めている国はもちろんのこと、他の国でも、徐々に人間の解放に繋がってきている。

 例えば――



「フィルさん。今月の作業報告書です」

「ありがとう」


 僕は今こうして執務室の中で商会か何かの事務処理係みたいなことをしている。誰もがイメージする魔王像と全然違っていると思う。


「……毎回こうも調子が良いと逆にちょっと怖いよね」


 今読んでいる作業報告書というのは、言い換えればカタリナの国に送った子供たちからの状況報告書だった。さっき言った『他の国』の筆頭がそこだった。



「毎回ではないですね。三回目の派遣以降の傾向だと記憶しています」

「あ、うん、そうなんだけど――」


 初回は、受け入れすら拒否するくらいの勢いだった。逆の立場だったらそうだと思う。僕がカタリナじゃなくてミルメアを選んだ挙句、技術支援の名目で二人の子供が送られてくるなんて何の嫌がらせかと思うだろう。


「――けど、やっぱりこれって、『そういうこと』なんじゃないかって……」


 初回は、男の子と女の子を半々くらいの割合で派遣した。


 それが今は、九割が男の子になっている。


 向こうからの要望と、あと現場に行って帰ってきた男の子たちたっての希望があっての結果だ。他の現場以上に成果を残しているからいいのはいいんだけど――



「そういうこと、とは、どういうことでしょうか」


 さっきから僕の助手みたいに仕事を手伝ってくれているこの子は、ミルメアの妹のソニア=ヴァニーユだ。見た目は人間で言えば十二歳くらいなんだけど、ミルメアと違ってとても賢いから色々と助かっている。


 そして彼女もミルメアと同じであんまり服を着たがらないんだけど、さすがに下着みたいな恰好で横に立たれていると僕も仕事に集中できないからこうしてせめてもの布を纏ってもらうことにしていた。半袖の、丈の短いシャツと、太もものほとんどが露出しているズボン。何も無いよりはましだ。


「あー、えっと、ごめん分からないならいいや。僕の考えすぎだと思う」


 僕は言葉を濁す。危うく人の妹の前で変なことを話題にするところだった。僕は書類の確認作業を進める。


 当のソニアは不思議そうな顔をしながらも、僕の言葉を違う角度から受けた。


「カタリナさんのことであれば、昔フィルさんを取り合ったとお姉ちゃんから聞きました」

「へ、へえー……変な話じゃないといいんだけど」

「地下牢に人間の女の人をいっぱい監禁して好き放題やってたとか――」

「待ってそれは一部事実と異なるから訂正させて」


 ソニアは構わず言葉を続けた。


「その背景に鑑みると、カタリナさんはフィルさんの面影のある男の子を呼んで自らの欲望を満たすとともに、子供たち自身にも例えば女性をあてがって満足度を――」

「ストップ! 分かったからストップ! できれば考えないようにしてたことだから言葉には出さないで!」


 賢すぎるのも正直どうかと思う。


「お姉ちゃんと毎晩毎晩飽きもせず子作りに励んでるだけでも引くのに、親が親なら子も子ってことですね」

「毎晩じゃ――いえ、はい、すみません」


 いや、無理だ。この方向だと何をどう弁明しても僕に勝ち目はない。


 二年前にはじめましての挨拶をしたときから、ソニアは微妙に僕に敵対心を抱いていた。多分、お姉ちゃんであるミルメアを急に出てきた人間に取られたという気持ちがあるんだろうと思う。

 

 それだけにしては風当たりが強いんだけど。

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