三章 パパ
転移されてきた場所は、ベッドの上だった。見知った天蓋があったからミルメアの部屋だとすぐに分かった。ここがもしかしたら移動の起点になっているのかもしれない。
「――で?」
僕はミルメアの下敷きになっていた。
真顔がとても怖い。
「な、なにが?」
「あんた、向こうで何やってたの?」
「何って……」何やってたんだろう。「別に何も、あ、えっと人間の世界に侵略しに行ってた」
「――なんで?」
ミルメアが意味が分からないといった顔をした。
「それは僕も聞きたいんだけど」
「ふざけないで。それであんないっぱい女の子連れて帰ってきて? 何してたの?」
「だからそれは僕が指示したことじゃないんだってば! 気付いたらあんなことになってて――」
「――で? 好き放題してたんだ?」
「してない!? って痛い痛い痛い」
僕の両腕を掴んでいる手の締め付けが強くなった。
「してたんでしょ?」
「してない! ホントにしてないから!」
「命令! ホントのことを言いなさい!」
「してないって言ってるでしょ!?」
ふっと手の力が抜けた。
「――あ、そ」
ようやく納得してくれたみたいだった。けど命令で発言まで強制できるんだったら最初からそうしてくれたらこんな尋問みたいなことされなくて済んだのに。単なる八つ当たりかなんかだったんじゃないかと思った。
「そんなに心配なんだったらそれこそ最初から僕に命令すればよかったんじゃないの」
まさかあんなことになるなんて誰も想像できなかったかもしれないけど。続くミルメアの反応は、僕が想像した内容と違った。
「あんた、何言ってんの? そんなこと強制しても何にもならないじゃない。嫌だったら出てってくれてもいいわよ」
「え。そう、なの……?」
そういえば、ミルメアは僕を次期の魔王に据えるのが目的と言ってた気がする。それはもしかして僕以外にも当てがあるんだろうか。もしくは魔王という存在が生まれた後は、僕自身はどうなってもいいんだろうか。
急にミルメアから必要とされなくなった僕は、いろいろな思いが頭の中で交錯し始める――
「やっぱり良くない」
「どっちなの!?」
僕の不安を返してほしい。ミルメアに捨てられたらやっぱりカタリナのところに戻って――とかって最低なこと考えちゃったじゃないか。
「それくらい分かりなさいよ! もう、あんたまだ父親としての自覚がないみたいね」
そう言ってミルメアは魔法陣を展開し、例の水晶玉を呼び出した。
「父、親……?」
聞き間違いじゃなかったと思う。
僕は思わずミルメアのお腹を見てしまった。
水着みたいな恰好をしている彼女は、腰もお腹も細く引っ込んで見える。それはそうだ、僕が来てからそんなに日が経ってないんだし――いやそもそも、そんなことになっている理由も分からない。その記憶が無いんだもの。
そしてはっと思い至る。
僕が目を覚まさなかった一か月間、もしかしてホントにミルメアは僕と――
「カナル! この部屋に子供たちを連れてきなさい――いいから、早く」
「連れて……え?」
僕の時間感覚が何かおかしいんだろうか。
この世界に連れてこられて、目が覚めるまで一か月。
目が覚めてから、カタリナに拉致されて、戦場で気を失ってまた目が覚めるまで三日。
と聞かされていたから、まだ大した日は経っていないはずだった。
魔族の繁殖というのは人間のそれとまた全然違うんだろうか――
考えている間に、この部屋の外に魔力の反応が集まったのが分かった。ミルメアが僕の上から退いた。
直後。
ドアが開いて、子供たちがわっと入ってきた。
「ママ!」「パパ?」「パパ!」
一、二、三――全部で十二人。ちょうど男の子と女の子が六人ずつ。人間でいえば五歳児くらいの子供たちだった。
あっという間にこのベッドに飛び乗ってきて、僕とミルメアに纏わりついた。
「パパ?」「パパでしょ?」「ねえ、どこ行ってたの?」
なんの冗談かと思った。「僕はパパじゃない」と叫びたい気分だった。けれど、この子たちの顔が、特に男の子は、自分の昔の写真の顔ととてもよく似た顔立ちをしているのを見て、なんとも奇妙な感覚に陥り口を開けないでいた。
「パパはねえ、別の女のところに浮気しに行ってたの」
ミルメアが、膝に乗った一人の女の子の髪を撫でながら言った。
「子供に変なこと教えないでよ!?」
「「え、パパ浮気してたの!?」」
何人かが大きな声を上げた。
「してないから! ちょっとミルメア――」
「パパはこう言ってるんだけど、ママは信じられないなあ。ねえ、ソーマはどう思う?」
ミルメアが芝居がかった調子で言った。
あ、この子はソーマって名前なんだ。いきなり十二人もの名前は覚えられないんだけど。
「パパ慌ててるから怪しいと思う」
「ちょっと、ソーマ。余計なこと言わないでよ」
その男の子は、僕の言葉に目を見開いて驚いた。あれ、怒ったように聞こえたかな。そもそも子供と接する機会が無かったからどういう風に触れ合ったらいいのかが分からない。
「パパが……名前呼んでくれた……」
その子が、感動したように呟いた。
僕は何を言ってるのか分からなかったけど、そのあとの他の子どもたちの反応で察した。
「ずるい! 私も! リナ!! リナっていうの!」「俺はカイトだから」「ロゼ!」「メリッサ!」
「待って、分かった分かったから待って、ちょっと、ミルメア――」
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