三章 再略取

 カタリナに説明して伝わるかは分からなかったけど、簡単に事情は伝えることにした。


 元々、僕が家を出て学校に通っていたのはお金のためだったこと。魔法学校に通っている限りは、国から支援金が支給されること。けれど、僕自身に魔法の発動の才能が無かったから、中等部への進学が絶望的だったこと。


 そして、今こうして魔界にいる僕が人間界でどういう状態になっているかというと、『学校の管理下における生徒の死亡』という扱いになっているはずだ。確認する術がないから確かなことは言えないけど、逃げた僕の同級生の報告と、あの場で犠牲になった高等部の生徒が居たわけだから、不明になった僕はそういう扱いにされるのが普通だ。


「そういう場合は、残された家族に『死亡見舞金』って形でお金が入るシステムになってるの。もし僕が生きてたなんてことになると、そのお金が入ってこなくなるし、返さなきゃいけないかもしれない」



 お母さんは昔は診療所でお医者さんの助手か何かをやっていたと聞いたけど、今は事情があってそういう仕事ができない。


 カタリナには難しい話だろうなと思いながら話していた。意外にも、話にはついてこれてるみたいだった。



「それは――フィルは、家族にお金を残すためにこっちの世界に居続けるってことじゃないか」

「うん。学校にいるか、魔界にいるかの違いだけだと思うけどね」

「家族に会えなくて、寂しくは無いのか……?」

「家族っていうか、お母さんだけどね。お父さんはもういないから。寂しいのはそうだけど、僕がいない方がお母さんも色々と自由にできるかなって思うし」


 あれだけ若く見えて綺麗な女性だったら、まだもっといい人生が歩めると思う。



「フィル――」


 カタリナの呟きは、僕を気遣う思いか、同情か、よく分からない感情が入り交ざっていた。そして一呼吸置いてから、一段大きな声を上げた。


「――分かった。それじゃあ、フィルはこの国で第二の人生を歩むんだ。何でも好きなことをして、好きな世界を作ればいい」

「え、何、どうしたの急に」

「フィルはきっと、今まで我慢をし過ぎていたんだ。これからは、もうそんな思いをしないでいい」


 そう言ってカタリナは僕の手を取って歩き始めた。


「よし、さっそく戴冠の儀を執り行おう」

「えっと、繋がりが分からないんだけど」

「この龍の国をフィルのものにする儀式だ。これが終われば、龍族は皆フィルに従うし、首輪を付けられた者もフィルの命令に逆らえなくなる」

「いや、その儀式が何かじゃなくって、なんでそんなことになったのって聞いてるの」



 僕の言葉は聞こえてるはずなのに、カタリナはぐいぐいと引っ張って進んでいく。


「フィルは、もっと自分に素直になった方がいい。誰かのためとかそんなんじゃなくて、自分がどうしたいかだけで生きるんだ」

「カタリナが言うと説得力あるね――痛っ」


 何もないところで頭をぶつけた。まるで見えない壁にぶつかったみたいだった。カタリナと繋いでいた手は離れ、僕は結構な勢いで尻餅をついた。


「なんだ、どうした、フィル」カタリナが足を止めて振り返った。「なっ、これは――」


 深紅の、薄い魔力の膜のようなものが、僕とカタリナを通路で断絶するように展開されていた。僕が知る結界ともまた違う。


 そして僕の背後から苛立ちを隠さない大きな声が響いた。



「何、ここ。メスの匂いがぷんぷんして気分悪いんだけど」


 この、声は。


 僕は地面にお尻をつけたまま振り返った。そこにはすっごく不機嫌そうな顔をした彼女がいた。


「――ミルメア」

「こっんなとこに私のフィルを連れ込まないで欲しいんだけど」


 ミルメアが細い目でカタリナを見据えて言う。


「おいおい、何を言うんだ。これはフィルの望みなんだぞ」


 待って。

 僕こんなこと望んでない。


 そ、そりゃあ、捕まえた女の子を自分の好きにどうこうできるっていうのは、望むか望まないかで言えば、望ましいけれど――



「――そうなの?」

「いいえちがいます」


 ミルメアに射殺されそうな目で見下ろされ、僕はそれ以外の回答をできなかった。


「違うって言ってるじゃない」

「それはお前が脅すからだろう。これからフィルはこの国の王になるところなんだ。邪魔をしないでもらえるか」


 そう言うとカタリナは右手に例の漆黒の爪を展開し、この薄い魔力膜を切りつけた。


「なっ――」


 カタリナが驚きの声を上げた。予想に反してかなりの強度を持っていたらしく、この膜は攻撃の一切を通さずそのままの形で残った。そういえば、龍の姿のカタリナの一撃から僕を守った結界も、こんな深紅の膜だった気がする。


「私の『力』よ。『誰にも邪魔されない空間アモルフィ・スパーティア』――私が愛する人への一切の害を通さない」


 ミルメアは屈みこみ、見せつけるように僕にねっとりと抱き着いてきた。


「『借りていく』と言ったわね。そろそろ、返してもらうわ」


 何度目だろう。僕は例の渦に吸い込まれ、その場から姿を消した。カタリナの叫びは何を言っているかまでは聞き取れなかった。

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