三章 戻れない理由
「フィル……私はこんなにお前のことが好きなのに、それでもダメだと言うんだな」
「好――え、カタリナが? 僕を? なんで?」
「ふぃるー……」
泣き出してしまったかと思った。ぐっとこらえたカタリナは、直後僕にぎゅっと抱きついてきた。
「どうして、そんなことを言うんだ……」
「待って待って、ホントに、そういうんじゃなくて、どうして僕なんかを――ただ魔力が多いってだけでしょ」
好きになる理由が分からない。単なる条件の問題じゃないか。
カタリナは逆に僕のその感覚が分からないらしかった。
「それがどうして悪いんだよぅ。私より強いフィルを好きになって、何が悪いんだよぅ」
何が悪いんだろう。
分からなくなってきた。
魔力量が多いっていうのは、僕の感覚だと単純にお金持ちだとかそういうステータスだ。その人自身の魅力じゃない。それを好きと言われても、お金持ちが好きって言ってるだけのように聞こえて、どうにも気持ちが悪かった。けれど、カタリナの話を聞いている限りだと、その感覚は全然違うみたいだ。どちらかと言うと顔がタイプだとか、分からないけど、そんな感じに聞こえる。
「いい……のかな?」
カタリナは、尻尾があることを除けば、普通に――普通以上に可愛い女の子だ。今は学生服まで着てるせいで、ホントに勘違いしそうになる。
学校で過ごしていた頃は、僕が落ちこぼれの烙印を押されていたせいでまともに接してくれる人がいなかった。だからこんな風に、熱烈な求愛を受けることは無かったし、僕もそういう人たちを好きになることは当然なかった。
「そうだぞ。私はこんなにフィルのことを好きなんだから、あとはフィルがどう思うかだけなんだぞ」
僕は必死に言い訳を考えた。
いいんだろうか。
たまたま魔族に拾われただけの僕が、人々を犠牲にしながらこんないい思いをしていいんだろうかという気持ちになる。
そして、ふと一つの答えを思いつく。
「そうだ、もし――いい、もしもの話だからね」僕は念を押した。「もし僕がカタリナとの間に子供を作ることにしたら、今捕まっている人たちは解放されるって理解で合ってるかな」
捕まえておく理由がなくなるんじゃないかと思った。
そういうことなら、僕がカタリナを受け入れることは、皆を助けることになる。
僕に抱き着いていたカタリナが、その手を離した。
「……それは、できない」
カタリナの答えは、期待したものと違った。
「不要な女は、『作業場』に回ってもらう。これは龍族だけの問題じゃない。魔族としての問題だ」
それは、半ば予想していた答えでもあった。この魔界で、僕自身がこういう扱いを受けているから分からなくなっていたけど、そもそも魔族にとって、人間とはどういう種であるのか、という話なんだと分かった。
「『作業場』って、そもそも何をやらせてるの」
「色々だ。食物の栽培や、魔石の精錬、それからこういった施設の建造――」
要は、奴隷としての扱いだった。
「それはもし僕が魔王になって『すべての人間を解放しよう』って宣言したところでどうにもならないよね」
分かり切っていることをあえて口にする。人間の感覚で言うと馬車の馬がかわいそうだから馬を解放しよう、とかそういう次元の話なのかもしれないと思いながら。代わりをどうするんだという話にしかならないだろう。
「そうだな」
カタリナは事も無げに答えた。
それから少し思い悩むような表情をして、それから口を開いた。
「フィルは、その――やっぱり元のところに帰りたいとか思うのか」
「え、どうしたの急に」
またカタリナは押し黙ってしまう。僕はじっと次の言葉を待った。
「私はフィルが望むことは全部叶えてやりたいと思ってる。けど……叶えてやれないこともある」
さっき僕が人間の解放を、とかって話をしたからかな。
「もし僕が『元の世界に帰りたい』って言い始めたらどうしようって考えてる?」
「フィルは心が読めるのか!」
「そんなわけないでしょ。流れで分かるよ」
思わず笑いそうになるけれど、カタリナにとっては真面目な話なんだろうと思ってぐっと堪える。
「それで……」
どうなんだ。って続いたと思う。語尾はほとんど聞き取れなかった。僕はすぐに返事をした。
「それは無いかな」
「ホントか!?」
「うん。むしろ僕が生きてることが知られない方がいいんだ」
「それは……どういう意味だ?」
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