三章 服従させられる者

 サーニャは、どこか虚ろな目で、膝を抱えて座り込んでいる。彼女は、何も身に纏っていないように見えた。


 貯蔵庫、とは、どういう意図を持った施設なのかそれで察する。


 様々な感情が僕の中で入り混じり、心がひどくかき乱される。



 僕はあの時のことを思い出していた。



 サーニャが、悪いわけじゃあない。あの場にいた誰か一人だけを恨むなら、僕はケルンを恨む。サーニャも、ドーランも、ただ命からがらあの場から逃げただけなんだと今は思える。


 それでも、僕の中で黒い感情が渦巻くのが分かった。




「あ――私、今」


 サーニャはそう言って身をよじり、少し体を隠すように動いた。何を言おうとしているのか分かった僕は、暗くて見えてないという振りをした。


「どうしてフィル君が外に……助けに、来てくれたの……?」


 か細い声でサーニャが言った。この状況で、檻の外から知っている人の声が聞こえたら、確かにそうだと思う。


「おい小娘、そんなわけないだろう」

 僕が答えに窮していると、カタリナが勝手に答えた。

「え、女の人……? 誰……?」


 サーニャは明らかに混乱しているようだった。構わずカタリナは言葉を続ける。


「私は『龍王』、カタリナ=カタラーナだ。ああ、王といっても昨日までの話だがな。今は、このフィル=レイズモードが我ら龍族の王となった。分かったら、気安く話しかけてくれるな」

「ちょっと、カタリナ」


 余計なことを言わないでほしい。



「え、え? フィル君、どういう――」


 があん、と、カタリナが牢の鉄格子を蹴った。サーニャの体がびくんと大きく跳ねた。


「二度言わすなよ、小娘」


 カタリナが低い声で唸るように言った。演技などではなく、本気で怒っているようだった。サーニャは泣きそうになりながらこくこくと首を縦に振った。


「ちょっとカタリナ、乱暴なことしないでよ」


 それっきり、サーニャは口を開かなくなってしまう。

 サーニャはこの状況をどう理解したんだろう。それにしても他の人も同じような状態なのかと思いを馳せ、少し不安になった。彼女たちは、いつからこうして拘束されているんだろう。食事は与えられているんだろうか。色々と気になることがある中、僕はダメ元で聞くだけ聞いてみることにした。


「サーニャを――彼女を、ここから出してあげられないかな」


 僕の言葉にカタリナは少し驚いた表情をしたものの、すぐに納得した表情になった。


「なんだ、こいつにするのか」


 どことなく嬉しそうな顔をして、「ちょっと待ってくれ」とさっと魔法陣を展開した。地面に水平に浮かび上がったそれは、水晶玉のような球体を生み出した。


「おい、カナル。いるか」


 その玉に向かってカタリナが呼びかけると、返事があった。


「はいカタリナ様。ご用件は」


 カタリナはちらと牢の扉に掛けられた錠前に目を遣って、それから応じた。


「王のしとねの用意だ。予定が変わって六十八番を連れていってくれ」




 予想外の事態に、一瞬反応が遅れた。


「――なんですぐそっちの方向にばっかり持っていくの!?」すぐに察した僕は声を上げる。「カナルも、いいから! 一旦対応保留で! カタリナもほら、通信切って!」


「急になんだよぅ、もう」


 カタリナがぐっと握りつぶすように拳を閉じると、水晶は霧となって散った。


「……やっぱりあいつの方がいいからかよぅ」

「そういうんじゃないから! というか――」


 これ以上、この姿のサーニャの前でこんな話を続けるのは憚られた。サーニャの立場からすれば、魔族と手を組んだ僕が私欲――何の欲とは言わない――のために学校を襲って女の子を攫ってきただけに思われても仕方ない。


 カタリナの思惑は事実そうなんだろうけど。

 僕はこの場を離れることにした。


「サーニャ――ごめん、また来るから」

「フィルく――フィル様、待って、待ってください」


 足早に去ろうとする僕を、サーニャが引き留めた。カタリナが脅かすから僕に対する言葉遣いが他人行儀を超えてとんでもないことになっていた。



「お願い、です、何でもする――しますからここから出してください……」


「――っ」


 僕を引き留めようとした勢いで体を伸ばしたせいか、四つん這いの体勢になったサーニャが上目遣いで僕を見る。目の焦点は合っていないように見えた。


 本当に、命令すれば何でも言うことを聞く状態だと思った。

 サーニャも、それを分かった上で、僕に対してそういうことを言っているんだと分かった。



 それでも。


「――ご、ごめん、サーニャ」


 僕はカタリナを連れて、その場を離れた。

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