三章 同級生

 龍族というのは、暗い空間が好きなのかと思っていた。


 最初僕が寝かされていた療養室とかいう場所もそうだし、歩いてきた峡谷もそうだし、ここもそうだ。


 けれど今は違うと分かる。

 単に明かりが必要ないというだけだ。


 地下牢――もとい、療養室にいたとき、僕はなぜか暗闇の中にいたナダルの姿がはっきり見えた。どうやら龍族は夜目がきくみたいだ。後で鏡を見たいと思った。カタリナは普段は普通の目をしているけれど、たまに猫のように細長い瞳になる。僕ももしかしたら今はそんな瞳をしているのかもしれない。


 便利な目だと、この時は思った。



 けれどこの後すぐに、見えなければ良かったと思うことになる。


「この決断を褒めてほしいくらいだ」


 いくつも枝分かれする道を迷いなく進むカタリナが、ふと呟いた。独り言だと思って、僕は言葉を返さなかった。それからややあって、彼女はまた口を開いた。


「例の剣士は一番奥の部屋だ。あれは抑え込むのが大変だったからそのままの状態で繋いである」


 何も聞いていないのに、カタリナがそう教えてくれた。


 ユリアさんのことだとすぐに分かった。ここに来た目的は、まさにそれだった。繋いであるというのは何かの拘束具だろうか。とにかく、この目で無事を確認したかった。


「ありがとう」

「フィルも半分は人間だからな。こうするのが一番いいと分かってるんだが、どうも心がついていかない。ミルメアの気持ちが分かった気がするよ」

 半分は、っていうか、全部人間のつもりなんだけど。

「できれば他の者にしてくれると嬉しいんだが、そういうわけにもいかないんだろうな」

「他の者?」

「ああ。さっきも言ったが、あれは私じゃないと抑え込んでられないんだ。フィルなら大丈夫だと思うが……万が一ということもあるからな」


 途中からカタリナが何の話をしているか分からなくなった。もしかしてあの剣士というのがまた僕が勘違いしているだけかと思い確認したけれど、それはユリアさんのことで間違いないみたいだった。



「つまり、あれにするなら、私が側に居る必要があるんだ」


 カタリナが何を言っているのか、まだ分からなかった。


 僕が口を開いたとき、誰かが僕を呼ぶ声がして立ち止まった。


「どうした?」


 カタリナが聞く。

 辺りを見回したけれど、人影はなかった。気のせいだったろうか。



「いや、誰かに呼ばれた気がしたんだけど……」


 僕の声が地下道に反響した。

 近くに、進行方向とは違う向きにいくつか道が伸びている。僕はその内の一つをじっと見た。


 この貯蔵庫という空間は、蟻の巣のようになっているらしい。今歩いてきている太い道から、何本もの細い道が伸びている。そのそれぞれの道の先には、捕らえられた人間がいると言う。


「見に行くか? 私は別に構わないぞ」


 カタリナはなぜか幾分か乗り気だった。少し迷って、僕は頷いた。声が聞こえてきた感じた道を直感で選び、来た道を戻るような向きで僕たちは歩き始める。


 それほど距離を歩かないうちに、一つの檻に辿り着いた。最初こそ暗くて何も見えなかったものの、僕が目を凝らすとまるで明かりが灯されたかのようにはっきりと見えるようになった。


 そこには、僕が良く知った人間が足枷を嵌められて小さくなって座っていた。


 その人は、僕に気付いた。こうも暗いと、向こう側からは僕の顔までは見えていないだろう。



「フィル君……なの?」


 そのはずなのに、その人はか細い声で、僕の名前を呼んだ。

 それは、よく知った声だった。


「――サーニャ」

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