三章 魔界での目覚めに慣れて
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気を失って目を覚ますことに慣れた自分が嫌だった。
横になったまま手早く周囲の様子を確認する。まるで地下牢のような空間だと思った。明かりは岩壁に掛かった松明しかなく、辺りに水滴の音が響いている。
長いこと寝ていた気がするのに、体は不自然なほど軽く、気怠さも無く僕は体を起こした。
「フィル様、目を覚まされましたか」
暗闇から声がして、僕はその方向に首を向けた。
なぜか僕は、その姿がはっきりと見えた。
「あ、カナル……じゃないね。誰? 君」
「カナルは私の兄です。私の名はナダルと言います。フィル様が目覚めるまで、私が側にいるよう命じられました。あの時は命を助けていただき、本当にありがとうございました」
ああ、なるほどね。
元気そうでよかった。
僕は助けたときの記憶がないんだけど。
「それで……ここは? あと、僕が来てからどれくらい経ったの?」
「療養室です。ちょうど三日が経ちました」
思考もはっきりしていた。言いたいことは色々ある。例えば、ここが療養室にはとても見えないこととか。けれども僕は余計なやり取りは省いて本題に入る。
「ありがとう――えっと、カタリナに会えるかな」
僕には何を置いても聞くべきことがあった。
「はい、勿論です。カタリナ様より、フィル様が目を覚まされたら案内するように仰せつかっておりました」
その言葉を聞いて、もしかしたらナダルは僕が寝ていたこの三日間、微動だにせずにそこに立っていたんじゃないかというおそろしい考えが脳裏をよぎった。
「こちらです」
ぎい、と鉄格子を開いてナダルが道を案内してくれた。
やっぱり地下牢だったじゃないか。
■
「お、フィル、やっと起きたか。お前ならもっと早く馴染むと思ってたんだが――まあ、三日なら早い方か」
「な――」
案内された先、じめじめとした洞窟のような通路の奥にある扉を開けると、カタリナが私室で――見た感じそうだと思った――ベッドに横になりながらよく分からないものを食べていた。お尻をこちらに向けて寝そべっている彼女は、なぜか僕が通っていた学校の女生徒の制服を着ている。よく見ると、手元には挿絵が入った本が広げられていた。
「ん? どうした。入って来ていいぞ?」
それでは私はこれで、と一言残してナダルは扉を閉めて去って行った。
僕は諦めて大きくため息をついて、カタリナの側に寄って行きベッドに腰掛けた。
「……何食べてるのそれ」
「これか? ヒトの頭だ」
「冗談でもそういうのやめて」
「う、すまなかった。ええと、これは『サグラの実』だ。この時期のは含有魔力量が豊富でな。最近は量もあまり採れなくなってきたんだが。いるか?」
林檎程の大きさのそれは、表皮は薄黄色をしている。カタリナが齧ったところから見える中の実の色は、鮮やかな紫色だった。人の感性ではとても食べれるようには見えないそれが、なぜか美味しそうに見えた。
「いや、いらない」
差し出されたそれを僕は断る。味も全く想像できない。
「ねえ。聞きたいことがあるんだ」
「おう、なんだ?」
聞きたいことと言えば、山ほどある。この状況も、さっきのカタリナの発言も。
けれど、僕は何に置いても向き合うべき現実があった。
「捕まえた人間は今どこにいるの」
学校の襲撃の目的は、人の確保と障害の排除の二つあった。
この魔界――特に、カタリナが支配する地域においては、人間を労働力として用いている。具体的に何にとは聞かなかったけれど、おそらく作物の栽培や建築の労働資源として使われているんだと思う。それが、人の確保。
ちなみにもう一つの障害の排除というのは、その人の確保に関わる問題の一端だった。魔法兵団によって、近年人の確保が十分にできていないとカタリナが言う。つまりその供給の大元を叩こうというのが、障害の排除だった。
カタリナは、僕の質問にすぐに答えてくれた。
「男は『現場』に送った。女は、今回は貯蔵庫に入れてある――フィルの知り合いもいたと聞いていたからな」
後半とても嫌そうな表情をしながらカタリナが言う。聞いていた、というのは、カナルかナダルがユリア先生との一件を話したのだろうと思った。
「貯蔵庫?」
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