三章 力の差
抜刀――
咄嗟に左手の鎖を発動する。鎖分銅はピンポイントで柄頭を捉え、居合い抜きを封じた。
はずだった。
ユリア先生はそんな抑え込みをものともせず、そのまま剣を抜いた。剣先が首筋に迫る。僕は右足を踏み抜いて後方に飛ぶ。すんでのところでかわし、剣は横薙ぎに宙を切った。
「ユリアせ――」
呼吸の間がない。
その崩れた体勢から、二撃目が飛んでくることが分かった。右方向に流れる体を、抜いた剣を地面につっかえ棒のように刺すことで押し留める。続けざまに、左手による抜刀。
この逆薙ぎを、僕は右腕で受ける。鈍い金属音が響く。
本来なら斬り落とされてしかるべきだけれど、手甲のように伸びた『繰絡・風切』がそれを防いだ。
ユリア先生はさして驚いた表情を見せなかった。右腕だけ抜いたローブの袖を見て、こちらの腕に何かを仕込んでいることは分かっていたみたいだった。
ふ、とユリア先生の力が抜けた。
前屈みというよりはそのまま前方に倒れこむような姿勢になる。思わず抱きかかえそうになるその気持ちを殺す。ユリア先生には、戦闘における『体勢』の概念が無い。さらなる攻撃を警戒して一歩分と後ろに下がる。
ぐらと倒れたその体の向こうに現れたのは、少し小さめの魔法陣だった。ユリア先生は両の剣を獣の牙のようにがっと地面に突き立て、姿勢を制御した。
「――『ラングバルドの裁縄』」
自らの背で隠して発動していたらしいそれを目にした時にはもう遅かった。光り輝くロープのようなものが魔法陣から飛び出し、僕の四肢にまとわりついた。
「私の勝ちだ」
ふふん、と笑みを浮かべるユリアさん。
四肢に意識を通わせると、僕の魔力が完全に封じられてしまっているのが分かった。鎖はどれもぴくりとも動かない。
「負けは負けでいいけど……ユリアさん、僕の首ごと切り落とすつもりだったでしょ」
もともと勝負のつもりはなかったのに負けた気にさせられた僕はせめてもの反撃をと恨み言を口にする。
「何を言う。ちゃんと君の首は繋がっているではないか」
「結果じゃなくて気構えの話をしているの僕は」
「君なら初撃はかわすと踏んだ。それにあの剣閃なら切れても十センチ程度だ。切り落とすつもりなどなかった」
「……ユリアさんってそういうとこあるよね」
十センチって、確かに切り落とすほどではないけど普通に致命傷だからね。
「君の方こそ。気が抜けて呼び方が戻っているぞ」
はっとなった僕は何か言い返そうと口を開くけれど何も浮かばず、結局顔を赤くし俯いてしまう。
「さて……そろそろフィルを返してもらおうか」
ユリアさんはそう呟き、さっき見た魔法陣と全く同じものを展開した。
元に戻れる。
そう実感したとき、僕の心は安心と不安がないまぜになった。
いや、元になんて戻れやしないんだ。少なくとも、魔族に支配されなくなるだけだ。ユリアさんはああは言ってくれたけど、この僕の罪は裁かれる必要がある――
その時まで、僕はこの首輪がどういうものか正確に理解していなかった。少なくとも、僕の精神と繋がっている程度の感覚しかなかった。
また首輪が拍動した。それから刺すような痛みを感じた直後、僕の体の中で巨大な魔力が蠢く感覚に襲われる。
直後、全く予想していなかったことが起こった。
僕の体が、ユリアさんが発動した魔法拘束を破った。
「――フィル、その、目は」」
膂力で破れるような代物じゃない。そしてこの瞬間、僕の体全体が魔力で覆われていることに気付いた。僕自身の魔力じゃないことだけが確かに分かることだった。
ユリアさんの目にも留まらなかったと思う。
まるで転移するかのように空間を移動した僕は、徐々に意識が薄れゆく中、右の拳が鎧を砕く感触だけ味わった。
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