三章 邂逅

 僕を運ぶカナルは、その宙でがくんと大きく揺れた。


 何かを見つけたらしいカナルは戦火の中にまっすぐに飛んで入った。重力に頭を揺さぶられながら、危険な魔法陣をかろうじていくつか破壊し、そして地上に降り立った。


 そこは魔族軍の中心だった。


「ナダル!」


 僕を放り出し、倒れているその人にカナルは駆け寄った。


「おい、しっかりしろ! まさかお前が――誰にやられた!?」



 尋常じゃない取り乱しようだった。


 見たところ、倒れていたのはカナルと同じ龍族のようだった。魔族にそういう概念があるのかは分からないけれど、まるで親類かなにかのような繋がりが二人の間にあるかのようだった。息があるかどうかまではこの距離じゃ分からなかった。


 間髪入れず、わっと鬨の声が上がった。

 人間軍の方からだ。

 魔族が壁になっていて目視はできないものの、強大な魔力反応がすごい勢いでこちらに近づいてくるのが分かった。


「カナル! 防御を――」

「『ラングバルドの聖櫃』」


 この煩い戦場に、やけにくっきりとした女性の詠唱の声が響いた。どこか懐かしく感じるような、そんな声だった。


 直後、僕たちの周囲の魔族が焼け焦げるように消滅していく。


 見ると、いつの間にか僕たちを囲むようにして正方形の結界が出来上がっていた。消し飛んだのは、その結界の中に取り込まれた僕たち以外の魔族だった。


 それから、ずずっと結界に吸い込まれてくるようにして白の甲冑に身を包んだ魔法兵士が現れた。


 魔力量から、その兵士が『勇者』とも呼ばれる軍の隊長格であることがすぐに分かった。


「貴様らは多少は骨のある者らしいな」


 二本の剣を携え、ゆっくりと歩いてくる。

 僕は、その人から目が離せなくなった。



 ああ、そんな。まさか。


「三体……いや、二体か? ああ、なんだ。既に倒れているから何事かと思ったが、さっき私が斬り捨てた龍族ではないか」


 カナルがその言葉に反応した。



「貴様――今、なんと言った?」

「聞こえなかったか? 二度は言わんがな」

「貴様が……ナダルを?」

「さあ。知らん名だ」

「許さん――許さんぞ!!」


 大きく吼え、カナルは例の魔力爪を発動させて突進した。同時に、体の両脇に魔法陣を展開する。


「その体破壊してくれる――『金色グリッジ弾丸ブリット』!!!」


 その兵士は、一歩も動かずに三つの魔法を同時に発動した。


「『世鏡ヴェルトベイル』、『歪む水面ウィグルミード』――」


 直後、空間がひび割れたかのように錯覚した。ゆらりと揺らいだ兵士の体が、蜃気楼のような靄に飲まれて消える。カナルの爪も、発動した魔法の弾丸も行き場を失って空を切る。


「なっ――」


 そしてその兵士は、カナルの左の肩口に、まるで空中に立っているかのように現れた。頭上の魔法陣から伸びる光が、カナルの体を包む。直後。


「――『ラングバルドの鉄槌』」


 目に見えない何かに押し潰されるように、カナルの体は地に伏した。魔族の中でも群を抜いて堅牢なその皮膚が罅割れ、血を吹く。


「ぐ、ぁ……」

「息もまともにできないか。なに、すぐに楽になれる」


 いけない!


 一瞬先の未来が見えた僕は、左手の鎖を発動する。



「――繰絡ノ調」


 振り下ろされた剣を、首の直前で弾いた。

 重い。けれど、間一髪だった。

 続けざまに、カナルを縛り付けている魔法陣を破壊する。水中から解放されたときのような大きな息を吐いた。



 どうしてあなたは。


 どうして、これだけのことで気付いてしまうんだろう。



「まさか、フィルか……?」



 白の兵士が、小さく声を上げた。

 僕は答えることができない。



「わ、私だ、分かるだろう!?」


 まさにカナルの首を落とそうとしていた剣を腰の鞘に収め、空いた手で目元まで隠されたそのヘルムを脱いだ。



 果たしてそこには、僕が想像した通りの顔があった。


 知っている人ではなければいいと願った。


 それが最悪の形で裏切られた。



 ユリア先生は、僕の学校生活の中で、唯一、公私ともに支えとなってくれた人だった。

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