三章 新たな隷属、そして思い出の場所は戦場

 幸か不幸か歪渦を使った移動にだいぶ慣れてきて、今は軽い眩暈に襲われる程度で済むようになった。


 僕は今空中でとある魔族に抱きかかえられながら、遠くに見える、横に長い建物を眺めていた。



「どうしてこんなことになったの……」


 侵攻の標的となっているそれは、僕がこの三年間お世話になった初等部の校舎だった。


「フィル様。カタリナ様の部隊が敵の第二魔法障壁を突破しました。我らも出撃の必要有りと進言します」


 聞かなくても戦況はこの位置から見ていればよく分かる。

 カタリナがいる左翼の部隊が敵陣に文字通り穴を空けるようにして突破していくのが見えていた。どうして中央じゃないかというと、中央の担当は僕に譲られているからだ。


 初等部の生徒に、カタリナどころか龍族の一体を止める術もない。ただ唯一人間にとって幸運なことは、侵攻に参加している魔族千体の内、龍族は十にも満たないことだった。戦況に出っこみ引っこみがあるのは、その龍族が参加している部隊があったり、一方で教師がいる部隊があるところだった。


 そしてこの魔族が言う通り、カタリナの突出は教科書通り言えば状況としてはよくない。四方からの挟撃を受けるからだ。もっとも、カタリナにその心配はいらないと思うけど。


「……分かった」


 それでも、僕はこの『首輪』を掛けられている限り、滅多なことができない。これはカタリナじゃなく、今まさに僕を抱えて空を飛んでいる龍族が仕掛けたものだった。


 首が絞めつけられるようにして、どろっと魔力が流れ込む嫌な感覚がする。


 まだミルメアの隷属の魔法の方が良かったかもしれない。


 あちらは強制的に動きを支配するのに対して、こちらは『龍族の意に反した行動を取る者に対して罰を与える魔法具』だ。


 その罰の詳しい説明は聞きたくもなかった。


 カタリナは「フィルが私を裏切るはずがない」と謎の自信を持っていたけれど、出撃に際して僕が首輪を付けないことをこの側近が許さなかった。


 僕は龍の鱗が表面にあしらわれた漆黒マフラーを鼻先が隠れるほどに深く巻き付け、それからローブのフードを目元まで覆われるようにかぶりなおした。


「いいよ、行こう」

「はい、フィル様」


 僕の指示に従うように、すぐに宙を滑空し魔導光飛び交う戦地に降り立った。僕から手を放すとすぐに周囲の敵を一掃し、危険を払ってくれる。


 多種多様な魔族が蠢くこの戦場で、魔族じゃなく人間の方に注意を払うのは何とも奇妙な気分だった。


 それから、遠くから見ていて気付かなかったことで、この距離になって分かったことがあった。


 人間側の軍は生徒と教師だけじゃなく、魔法兵団の隊士もかなりの人数が戦っていた。どの隊かの勇者の駐屯のタイミングで侵攻してしまったんだと思った。守衛部隊の魔法障壁や移動式の魔導砲台のおかげでこの均衡が保たれている。


 良くも悪くも初等部への侵攻であれば一瞬で片が付くと思っていた僕は、少し気が滅入った。


 とにかく乱戦で怖いのは流れ弾だ。

 僕は早々に砲台を潰しにかかった。


「……いよいよもう原型無くなっちゃったね」


 先の試合でカタリナが壊した僕の武器が、またもう一段パワーアップさせられていた。最早それは腕輪ではなくなっていた。


――繰絡ソウラク風切カザキリ


 ローブの袖に通していない右腕を水平に伸ばす。じゃらと数多の鎖が姿を現した。それはまるで暖簾のように腕に吊り下がっていて、見方によっては翼のようでもあった。


 僅かに魔力を込めると、ぶるぶると奇妙に震え出し、直後ぐにゃぐにゃと非線形の軌道を描きながら一キロ四方の魔法障壁とそれに守られた魔導砲台をすべて打ち砕いていく。


 と、視界の端に火球が映った。


「さすがです、フィル様」


 こちらに向かって飛んできた火球をすべて素手で撃ち落として、その龍族の男の人が言った。


「ありがとう、カナル」


 この人はカタリナの命によって僕の護衛としてつけられていた。僕がいくら発動前の魔法陣を看過できるといっても、どこか目に入らないところで放たれた魔法に対しては何の防御策も持たない。


 一方で、このカナルは僕の見張りという役目を勝手に果たすつもりでいるみたいだった。


「フィル様。右翼の戦況が芳しくありません。敵側の部隊に突出した戦力が確認できています。如何しますか」



 僕が行って撃退する、以外の選択肢は無いんだろうな。

 確認すると、確かに千を超える強い反応が確認できた。先生の誰かか、駐屯していた魔法兵団の隊長かだと思う。


「知っている人だと嫌だな……」


 またカナルに抱えれらえて空を移動する僕は、思わず考えが口を衝いて出てしまっていた。


「フィル様。それは、どういう意味でしょうか」


 向こうはこの格好だと、さすがに僕だと分からないと思う。嫌だ、というのは、僕個人の感情が入ってしまいそうだからだった。



「ここにはあまりいい思い出が無いからね……相手によっては、うまく手加減できないかもしれないから」


「……そうですか」


 カナルはそれ以上は聞いてはこなかった。

 僕の黒い感情に呼応するように、首輪からどろっとした魔力が流れ込むのを感じた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る