二章 制圧

「お、おいおい、今さら何言ってんだよ」カタリナが呆気に取られた顔になった。「さっきまで乗り気だったじゃねえか」


 断言するけど、乗り気にはなってない。厭々ながら、身の危険が極力無いこのルールならと思ってオーケーしただけで。


「僕は直接戦闘はできないの! ゴブリンすら倒せないんだから」


 ミスリルの武器を手に入れたからって、『表側』に魔力を通せないのは変わっていない。だから魔族を相手にすることができない。ミルメアには何度も説明したはずなんだけど。それが四天王で、龍の王だって言う。無理を通り越して、えっと、そういうのなんて言うんだろう。


 とにかく、無理なものは無理だ。


「馬鹿言うなよ、そんな魔力持ってるやつが――だいたい龍王たる私と戦うって言うんだから、肉弾戦に決まってるだろう」

「魔界の常識を人間の僕に求めないで!? そもそもこんな細くて綺麗な人がまさか全力で殴り掛かってくるなんて誰も思わないでしょ!?」

「な――フィル、ちょ」


 カタリナに狼狽が見えた。

 けれど直後この会話は強制的に中断させられた。


「っ、痛い!?」


 左側頭部に、強い衝撃。

 拳骨で殴られたような感覚だった。

 物理的な何かが飛んできたわけじゃない。頭を押さえながら衝撃の方向を見ると、少し離れた場所にいるミルメアがまさに何かを殴った後のような体勢をしていた。その手首には、魔法陣が浮かんでいた。


「あんた……まだあんたの主が誰だか分かってないみたいね!? いっぺん死んでこい!」

「何言ってんのミルメア!?」


 このままだと死んじゃうからこの試合を止めてって言ってるのに!


「はいはい。じゃ、話がついたところで、再開するわね」


 そう言ってパンパンと二回手を打ったのはユニフェリアさんだった。ご丁寧に、砂時計は地面に水平になっていた。このやり取りの間、一握の砂も落ちていない。


 たっぷり残った、二分五十秒分の砂。


 五秒に一回のペースで殺されると思うから、三十四回は死ねる。


 脳内で無意味な計算をした直後、またとてつもない勢いでカタリナが飛んできた。



 また僕は最初と同じように大きく跳んで逃げる。


 魔族といっても、ミルメアもユニフェリアさんも、それからカタリナも、骨格と筋肉の構造が人間と全く一緒だ。目線と予備動作でなんとなく次の動きが察知できる上に、今は六感強化で体の軋みまで分かるおかげで、一瞬先が読める。


 けれど、この回避も長く続かないことがすぐに分かった。


 ピンボールの玉みたいに飛び回るカタリナは、徐々にその飛距離を短くしている。つまりこのままだと、先読みで逃げた僕にカタリナの次の跳躍が刺さることになる。


「こらぁ! 逃げてばっかりじゃなくて反撃しなさいよ!」


 ミルメアから檄が飛ぶ。


 負けてほしいのか勝ってほしいのかどっちだよもう。


 僕は右腕の鎖を開放した。


――繰絡ノ奏。


 千々に枝分かれさせ、投網のようにぶちまけたそれを目くらましに僕は跳躍して逃げる。


「らあぁっ!」


 カタリナが雄たけびを上げ、まさにただの投網であるかのように、ミスリルの糸をいとも容易く切り裂いた。

 あわよくば捕らえられるかという僕の考えは甘すぎた。


 こっちはダメだ。


 カタリナが接地。またこちらに方向転換し、跳躍。する、まさにそのタイミング。


――繰絡ノ調。


 こっちはどうやら有効に作用した。


「っ!? きゃあ!?」


 ダメージを与えられないまでも、衝撃まで無効化できるわけじゃない。僕は倒れたカタリナをさらにしっかりと観察するために近づいていく。



「……意外とかわいい声出すんだね」


 聞こえた悲鳴に、僕の口が思わず滑る。


「お前っ! きゃあ!?」


 二度目。カタリナが僕を見上げた。


「起き上が、れない、だと……? お前、何をした!」

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