二章 龍王

 声を上げたのは、銀の、少し短い髪の――魔族だった。けれども、その背中からちろちろと、鈍色の鱗に覆われた先の尖ったしっぽが見えている。性別は女性だろう。


「あら、カナちゃんじゃない。久しぶりねぇ」

「相変わらずおっとりしてるなユニは。もっと再会を喜べよもう」

「ちょっと! なに勝手に許可もなく部屋に入ってきてんのよ!」


 ミルメアが抗議の声を上げた。


「なんだよ、それなら鍵くらい掛けてろよ」

「掛けてたわよ!? あんたが壊したんじゃない!」

「お、そいつだな、次期魔王ってのは」

「聞け!」


 この闖入者とミルメアの相性はよくないみたいだった。


「えっと……?」

「いいわよ、相手にしないで」

「初めまして、フィル=レイズモード。私は『龍王』、カタリナ=カタラーナだ。そのうるさい娘と同じ、四天王の一人だ」

「あ、初めまして。ところでなんで僕の名前を――」

「こら! 相手にするなって言ってるでしょ!」

「いや、無理でしょ。それより、次期魔王ってどういうことなの」


 この魔界に、魔王がいないことは誰もが知っている。


 ひとつ前の時代に、一人の勇者と相討ちになったことが歴史的事実として広く知られている。そして現在の魔界は、四天王によって何とか均衡を保ち治められているとされている。


 そんな情勢に、こんな話だ。


 ただならぬことに巻き込まれていると想像するに難くない。


「う、そ、それは……」


 ミルメアが怯んだ。

 初めて見る表情だった。


 これは間違いなく、僕にとって良くない事態が起こっている。


「あら、あら、そうなの。そんなことになってるのね」何も説明されていないのに、ユニフェリアさんは得心のいった顔をしていた。「それならちゃんと説明してあげないとダメじゃない」

「そうなんだけど、でもまだ早いっていうか」

「おーいおい、だったらなんで『宣言』しちまったんだよ。まさか、あんまりにもそいつが良かったもんだからテンション上がって言っちゃったとかじゃねえだろうな」

「う、うう」


 あのミルメアが言い負かされている。


「いずれにせよ、やることはもう決まってんだよ――フィル=レイズモード。ついてきな」

「あ、フィルでいいよ」

「ん? おお、そうか。じゃあお前も私のことはカタリナって呼んでくれていいぞ」


「勝手に決めるなぁ! あんたも! あたし以外の人間に! 勝手に名前を呼ばせるな!」



 ■


 そうして。

 カタリナが開いた歪渦を通って、僕たちはどこか知らない荒野のような場所に移動してきていた。


 見渡す限り、無機物しかない。


「よーし、それじゃ――」

「で、ここで何をすればいいの?」


 また例の移動のせいで少し気分の悪くなった僕は、その辺にある岩に腰かけながら言った。


「え?」


 カタリナが、間の抜けた声を上げた。


「お前、何も分かってないまま付いてきたのか……?」


 いや、分かってないままというか。


「誰も説明してくれないんだから分かるわけないでしょ」

「いやいや、どう見てもやる気満々だったじゃ……おい、ミルメア」

「あたしに言わないでよ。そもそもカタリナが勝手に話を進めたんじゃない」


 僕はとりあえずここのルールに従ってみたつもりだった。誰も話を聞いてくれないし、聞いたとしても結果は変わらないからとりあえず最初は言われるがままにするのがいいと察した結果だ。


 そうして最後にユニフェリアさんが渦から出てきたところで、カタリナが大きなため息をついて、それから叫んだ。


「ああーっ、もう! こんな状態でやれっかよ!」


 そしてどかっとその場にあぐらをかいて座ってしまった。


「――よし、フィル。私が今のこの世界の状況を教えてやろう」


 それならさっきのソファーでよかったのに。と思う僕は、かなりこの世界に馴染んできたんだと思う。

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