二章 人間ピンボール
ホントは花瓶を倒したり物音で誘導したりしながら少しずつ無力化していきたかったんだけど、ミルメアが耐えられなさそうだった。
乱戦になると魔力操作に失敗する可能性があるから、できればやりたくはなかった。けれど、ミルメアの命令によって殺戮マシーンになるのはもっと嫌だった。
既に、人間に仇なす許されない悪事を働いているのは分かっている。それでも、人の命をこの手で奪うことは、何があっても嫌だった。その日は、いつかやってくるとしても、今日じゃあ、ない。
僕はだらっと全身の力を抜いて、廊下の真ん中を歩くようにして角を曲がった。
「ん? お、おい、誰だ!?」
「なんだ、止まれ! って、子供……?」
結局、さっきと同じ手を使うことにした。目立った魔力反応が無い状態で、いきなり現れた子供には誰だって一瞬は油断する。
僕はその隙に状況を確認する。
今の叫び声は、もしかしたらもう一本先の廊下の兵士には聞こえたかもしれない。けれど、魔力反応に動きはない。少なくとも、急いで駆けつけてくることはなさそうだった。
そして目の前の二人を確認する。
ああ、これは――ダメそうだ。
「結局こうなるんじゃないか……!」
ぐ、がっ、と息を吐いて目の前の兵士は倒れ伏した。
ひゅんと走らせた繰絡ノ調を手元に戻す。
愚かなことに、二人ともヘルムは脇に抱えて持っていたから、頭部を守るものは何もなかった。
がらん、がらんと鉄の音が廊下に響き渡る。
すぐに、奥の兵士の魔力反応が動き始めた。
「何よ、結局あたしが命令しても同じだったじゃない」
「結果的にそうなっただけだよ!」
兵士の装備には、魔法が施されていた。それは持ち主の意識が途絶えると、連動した別の装備に通知する仕組みのものだ。おそらく、この地下の見張りの装備が繋がっている。
つまり、物音を立てようが立てまいが、兵士を倒す限りにおいては結果同じことになる。
僕は廊下を蹴り、跳躍する。矢のように宙を滑り、正面の壁に着地する。
「なっ! 魔族――」
角から急に現れた影に驚きながらも剣を振り上げた兵士の、右手を素早く撃つ。
この二人は、しっかりとヘルムをかぶっていた。
予想していた僕は、二つの分銅を地面で弾ませるようにして、ヘルムを真上に弾き飛ばす。そして別のもう二つを折り返すようにして後頭部を打つ。
――あと二人。
慣性でまだ壁に張り付いたままだった僕は、さらにもう一度跳躍し、次の廊下の角に飛んだ。
強い魔力反応。
罠だ。
空中で体を制することもできたけれど、僕はそのまま次の壁に着地する。見たものは、魔杖を掲げた兵士が、二人。声を揃えて詠唱する。
「「『
その魔法は、発動しない。
二層魔法陣は予想していた。一瞥で看過した二つの始点と終点を、既に僕は射抜いていた。
僕は地面に下り立ちながら、物理防御と魔法防御の二層結界を破壊し、そして例のごとく脳震盪によって二人を沈めた。
「すっごい! すっごいすごいすごい!」
大興奮するミルメアに釣られて、僕も危うく喜びそうになった。
いけない。いけないぞ僕。
「やっぱりあんた、あたしが見込んだ通り最強の魔族になるわよ!」
「僕は人間だからね!?」
そう言いながら、さっきの動きなんてホント魔族じみてたと我ながら思う。念のため二人が生きていることを確認し、それから地下牢の鍵を持っていないか、他にもさっきみたいな警報型の魔法が仕込まれていないかを確認する。
「……あんた手際いいわね。もしかして盗賊かなんかだったわけ?」
「人聞きの悪いこと言わないでよ」
次に生まれ変わるなら盗賊と魔族、どっちがいいだろうか。
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