二章 粉砕

「あ、すす、すみません!! 居眠りをしてしまっていたようで……!」


 なんなく一階に下り、角を曲がったところでぶつかったものから大声が上がり、僕も思わず悲鳴を上げそうになったところをかろうじて堪えた。


「って、ん? なんだ隊長ではないな――子供?」


 兵士だ。

 今さっき自分で口走ったように、立ったまま居眠りをしていたらしかった。就寝中の人間からは、よっぽどの手練れじゃない限り魔力を感知できない。もちろん、動いていない以上足音もしない。


「あ、はい、すみませんトイレに迷ってしまって――」


 咄嗟に言い訳を口にした。

 心臓が、ポケットの中のミルメアを打つ。


「ったく、驚かせんじゃねえよ」

 それはこっちのセリフだ。真面目に仕事をしててほしい。

「トイレは二つ目の角を曲がった先だ。寝ぼけて花瓶とかにぶつかんじゃねえぞ」

「あ、はい、ありがとうございます」


 僕はさっと頭を下げて、その場を立ち去る。良かった、何とかなった――


「――ん? いや、おい、ちょっと待て。お前――どこのガキだ?」


 振り向きざまに声を掛けられ、そして肩を掴まれる。


「えっと、どこって、なんですか? 僕、トイレ、急いでて――」


 ぎりっ、と肩を掴んだ手の力が増した。


「もうその手は通用しねえぞ。この塔にいる人間の顔は全部覚えてんだ、お前のようなガキは知らねえ。どうせ化けてやがるんだろうが、いずれにせよ、全部吐いてもら――」


 男の頭ががくんと揺れて、白目を剥いた。手の力もふっと抜けて、崩れるようにどさっと地面に伏した。




「長いね、話が」


 男の後頭部を打ち抜いた鎖分銅を、僕は左の中指に嵌められた指輪に戻した。


 繰絡ノ調ソウラクノシラベ


 と、新しく呼ぶことにした。


 僕が大切に育ててきた魔法具は、ミルメアに勝手に改造されてしまっていた。


 曰く、「どうしてこんな粗悪な素材と術式を使っているのか分からない」。


 あれは、僕が貯めたお小遣いの全てを費やして買ったカンナギ合金を、僕が持てる魔法知識の全てを費やして精製し加工した魔法具だった。


 ただそれも所詮、魔法を発動できない僕が書き込みの術式と子供の財力で買える程度の素材とで作ったおもちゃでしかなかったってだけだ。


 今は、純度百パーセントのミスリルを素材に、幾重にも魔法加工が編み込まれた国宝級の代物が、僕の左手に五つ嵌められていた。


 僕が操作を思い描く一瞬前にその軌道を描くような使用感で、僕がこれまで使っていたものは、もうホント、文字通り子供の玩具でしかなかった。


「なにあんた。いじけてんの?」

「いじけてないから。勝手に心読まないで」


 念のため、倒れた人の脈を確かめる。加減はうまくできていたみたいで、死んではいないようだった。

 

 ■

 

 中央階段を下りた先、地下牢へ向かう廊下には、合計六人の見張りがいた。


 直接確認したわけじゃない。感知した反応が六つだった。そして、それは二つずつ固まっている。反応のある地点を繋ぐとちょうど正三角形になった。この地下に大広間なんてないはずだから、おそらくこの先の廊下はコの字を描くように折れ曲がっていて、廊下のそれぞれ一辺を二人一組で担当するような配置だろう。


 僕は息をひそめて廊下の壁にもたれかかり、呼吸を整えていた。


 この角を曲がった先に、二人いる。

 さっき倒した兵士の腕時計でちらと確認した時刻は、深夜の一時四十分。タイミングまでは分からないけれど、もし見張りの交代があるとすれば、次は二時ちょうどだろう。


 つまり、運が悪い場合、どれだけうまくやってもあと二十分しか残されていない。もちろん、この人たちが寝ずの番をするってパターンもあるだろうけど――


「ちょっと、何もたもたしてるのよ。さっさと行っちゃいなさいよ」

 痺れを切らしたミルメアが小声で話しかけてくる。

「分かってる、分かってるけどちょっと待って今考えてるところだから」

「なんで考える必要があるのよ、さっきみたいに突破しちゃえばいいじゃない」


 そういうわけにもいかない。さっきの兵士は軽装だったから良かったけれど、奥からは金属が擦れる音が聞こえてくる。屋内で甲冑のフル装備は考えにくいけれども、地下牢を守っているというくらいだから、可能性としてなくもない。


「もしヘルムなんかかぶってたら、さっきと同じようにはとてもいかないでしょ」

「あんたね、何のためにあたしがあんたの武器を改造してあげたと思ってるのよ。ミスリル製なんだから鉄くらい簡単に砕くわよ」

「それだと確実に頭蓋骨までいっちゃうよね!? 何のために僕が鎖の先を分銅に戻してもらったと思ってるの!?」


 実は最初に渡された改造鎖分銅は、五本全部が鋭利な刃に取り換えられてしまっていた。それを何とかお願いして――僕にもまだなけなしのプライドがあるからどうやってお願いしたかは言わないけど――分銅にまで丸めてもらったのだ。


 けれど、今のミルメアのセリフで、それがほとんど意味をなしていないことが分かった。


「はあ、もうめんどくさいわね――命令よ、汝――」

「分かった! やる! やるから! お願いだからそれはやめて」

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