二章 場面転換・人間界強襲
体が、羽のように軽く感じる。
十メートル以上もある城壁を、飛翔魔法もなしに軽々と飛び越え、僕は王宮内の敷地に着地した。衝撃を膝で吸収し、音一つ立てることもなかった。
すぐ近くに魔法兵の反応は無い。
「あれが西の棟、三階から伸びる廊下を渡って離宮に辿り着いたら、中央階段から地下よ」
襟シャツの胸ポケットから小さな声。僕はそれにまた小声で応える。
「了解――地図は頭に入っているから大丈夫。問題はどう行くかなんだけど」
「離宮に窓は無いわ。西棟から正面突破するつもりがないなら、一番近い侵入ポイントはその空中回廊の通気口ね」
十分の一以下のサイズに身を縮めたミルメアが、小動物のようにひょこっと顔を出した。さすがに今は彼女は服――といってもちょっと装飾の付いた水着みたいなものだけど―を着ていた。
「了解」
僕は闇夜に紛れるように漆黒のローブを羽織りなおした。
あれから、一日と経っていない――『あれ』とは『どれ』と言いたくない。
とにかく、僕の体には、契約と隷属を通して、この女の子――ミルメアの魔力が流れることになった。それのおかげか、何も魔法を発動していないのにもかかわらず、身体強化と六感強化を発動している以上の鋭敏な感覚と強靭な膂力を手に入れていた。
そして今はミルメアの命令に従って、とある魔族の解放任務を遂行しているところだった。
「ふっ!」
僕はそもそも体の外部に魔力を吐き出すことができないから結界に検知される心配はない。それでも念のため、隙間を縫うようにしながら王宮の中を跳ね回る。
「ちょっと、あんまり揺れないようにしなさいよ!」
そっと、僕はポケットに手を添えて極力振動が伝わらないようにする。そうしたいという意志はまったくないけど。
ミルメアがこんな姿になっているのは、このカナレット王宮に張り巡らされた結界に検知されないようにと、初等部の生徒以下のレベルにまで魔力量を限定する封印魔法を施した結果だ。
どうせ僕は命令に逆らえないんだし僕一人に任せればいいのに、なぜかこの子は付いて来た。
その理由は分からないけど、僕にとって悪いことじゃあない。
隷属支配を受けている僕は主である『これ』を握り潰すなんてことはできないけど、僕が真面目に命令を遂行する中で魔法兵と交戦状態になって、
「何かの拍子でこの子が潰されてしまったら、それは僕の責任じゃないしこの魔法も解ける可能性がある」
「ちょっとあんた、なんてこと考えてんのよ」
「あ、ごめん、口に出てた」
「考えるのもダメだからね!?」
軽口は弾むものの、心は重たいままだった。
交戦の挙句僕だけ助かるなんて結果には、絶対にならないと分かっていた。この体を以てして、僕が人間だって証明する方が難しい。流れる魔力も、布に覆われたこの腹部も。
「まったく、そもそもなんであんたは意識があんのよ」
ミルメアが呟いた。本来この魔法は、対象を人形のように隷属させるものだと言う。それが幸か不幸か、この通り僕には自意識が残ったままだった。
そうしている内に、僕は西棟の外壁を伝って、三階から伸びる回廊の上に降り立つ。
今のところ、大した障害はなかった。
「こんな警備で逆に心配になるんだけど」
僕でもこんなに易々と侵入できてしまうんだから、例えば王を暗殺しようという輩がいたらどうするんだろう。
「いや、あんただからできるんだってば。あたしたちだと結界に引っかかるし、人間だと魔法を使わない限りこんな移動できないから」
「だから、僕にしてるみたいにすればいいんでしょ」
僕はできるだけ音を立てないように、足元の用水蓋を持ち上げながら言う。
「何言ってるのよ。こんな量の魔力、人間なんかに流したらバラバラに弾け飛んじゃうじゃない」
僕はこの蓋を危うく落としそうになった。
「ちょっと!? そんな危険なこと僕の体で実験しないでよ!?」
「こら、大きな声出さない! あんただったら大丈夫かもしれないって分かってたからやったんじゃない」
「それ『分かってた』って言わないから。『かもしれない』じゃダメだから。次から何か僕にする時は確信持ってる時だけにしてよねお願いだから」
ローブを汚しながら、用水路から通気口に抜けて、僕は離宮への侵入に成功した。次はこの地上三階から、地下五階まで抜けていく必要がある。
地下に続く階段は、中央にしかない。逆に、地上一階まで下りる階段は、北と南に一本ずつ。魔力知覚を上げながら、僕は床に耳を付けた。
深夜のこの時間に、かつ離宮というだけあってあまり人がうろついてないみたいだった。室内の人は起こさないように移動したい。ここまで侵入してしまったら、逆に見つかってしまったときに脱出が困難になる。
「北から行こう」
人が少ない方を選ぶ。足音を立てないように、ゆっくりと階段を下りる。
警戒は怠っていなかった。魔力反応もなく、物音もしていなかった。
それでも、不慮の事故は起きる。
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