一章 三年後、卒業試験
「おい、フィル。俺たちの足だけは引っ張るなよ」
この森に入ってから、何度となく聞いたそのセリフ。
いや、森に入ってからだけじゃない。この三年、嫌というほど聞かされたセリフだ。それもこいつからだけじゃない。ありとあらゆる生徒からだ。
それでも僕には、言い返すだけの実力がない。
結局、この三年では僕の魔導力が限りなくゼロだという穴を、埋めることはできなかった。どれだけ座学を積んでも、実技を重ねても――
「――分かってる」
魔法学校中の書物を漁ってありとあらゆる魔法陣の展開を試したけれど、そのいずれもが実にならなかった。
「それなら次はもう少し後ろに隠れてることだな。さっきみたなでたらめな攻撃を放つモンスターもいるんだ、サーニャの盾が無かったらお前無事じゃいられなかったぞ」
この
木を貫通する程の威力は無いから、この森の中にいる限り僕がその攻撃を直撃する可能性はない。むしろ、サーニャの魔法防御が無ければ致命傷を受けていたのはケルンの方だろう。
「……分かってるよ」
それでも僕はただ一言だけ返して、次の地点を探す探査の役割に就く。
神経に沿わせるように展開した『体内』の魔法陣を発動した。
「『
僕がこの三年間で習得した、二つの内の一つ。
五百メートル、一キロ、二キロと、徐々に探索半径を広げていく。広くなればなるほど、探索には時間がかかる。
「――次は二・八キロ南西。目標は……八」
「魔力量は」
「最大で四十。あとは二十前後」
捉えた情報を淡々と伝える。
この魔法も、正直に言って僕が発動する必要の無いものだった。ただ今回定められた役割上、そうなっているだけ。
「はっ。今度は雑魚の群れか」
もとよりこの演習で指定された区画にはCランク以下の魔物しか存在しない。ただ、その中でもさらに低級の魔物であるのは間違いなかった。
「八体もいるんだからそれでいいじゃない。十分規定量に近付くわよ」
「ドーラン、それくらい分かってる。ただこんなに敵が弱いと俺の力を出し切る前に終わってしまうからな――相応に評価されるかが気になるのも分かるだろう」
彼はそう言って、ちら、と覆面フードの人間を見た。
「ちょっとケルン君、あんまり失礼な言い方しない方が……」
初等部生徒四人一組の編成。
ケルンとサーニャは、入学当初から互いを知る仲だ。
そしてドーランは、両親どころか曾祖父母の代から魔法兵団に所属している優秀な家の出身の女の子だ。魔力量こそ乏しいものの、非常に戦闘能力が高い生徒だった。
それに加えて、この場には高等部の『付き添い役』が一人いた。
この実践演習で万が一にも僕たちに危害が発生しないよう保護するという役割と、成績を評価するという二つの役割を持っている。付き添い役は、下した評価によって後で生徒の親――つまり、貴族やそれなりの権力を持った者から嫌がらせを受けることの無いよう、覆面をした状態で随行していた。それも出発してから一言も発さずに僕たちの後ろを一定の距離を保って付いてくる徹底ぶり。
それはこれが単なる演習じゃなく、初等部の卒業試験そのものであるからだ。
「フィル。四キロ圏に探査を広げろ」
鼻につく命令口調。けれど、隊のリーダーを任されているこいつの指示に従わないわけにはいかない。将来軍規に背く可能性があるなどという評価をもらいたくはない――まだ、僕がこの試験に合格しないと決まったわけじゃない。
文字通り神経をすり減らしながら、僕は広範囲の魔力反応を探る。
「反応は無いね」
「まあ、あったとしても俺には関係ないけどな」
「ケルン君――」
「分かってる分かってる。行くか」
僕が試験官だったらケルンを『リーダー不適格』で大きく減点するところだ。
その不適格者を先頭に、僕たちは森のさらに奥深くへと進んでいった。
そうして獣道を辿るように、また時には草木をかき分けながら、目標のだいたい半分くらいを進んだ時だった。
僕の感覚に気になるものが引っかかった。
「あ、ちょっと待って」
「どうしたの、フィル君」
止まってくれたのはサーニャだけだった。
ケルンとドーランは、僕の声を気にせずさらに歩みを進めている。
「あ、ちょっと、ねえ、フィル君が――」
「どうした、靴紐でも解(ほど)けたか」
二人はサーニャの声には反応したものの、ケルンは足は止めずに振り返りざまに言った。
「人が、いる――と思う」
「人? 他の組ってこと?」
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