一章 虚数
見下ろされているからというだけでは説明できない、何か得体のしれない威圧感に無理やり従わされるようにして、僕は目の前の本に手を伸ばした。
正直言って、心の準備は何もできていなかった。
これでもし何も反応しなくて、『君には魔力の才能がありませんでした』なんてことになったらどうしよう――
なんて心配は杞憂に終わった。
さっきサーニャがやっていた時と同じような仄白い光が灯り、手を放すと無事頁が動き始めた。
ほっとしたのは、けれど束の間だった。
「な……嘘だろ……」
サーニャの時に面白い反応を見せたあの試験官がまた慌て始めた。それは周りの人たちも同じだった。
それもそのはず、サーニャが記録した枚数をさらに上回ってなお頁がめくられ続けているからだ。
「ほう――」
本の頁は、今はもう残りの方が少ないくらいになっていた。
五百、六百を超え、まだ止まる様子はない。
「え、フィル君って、いったい――って、あれ?」
サーニャが僕の腕をぎゅっと掴んだその時だった。
本の動きが止まった。
正確に言うと、本が閉じてしまった。
「ん、ん? これは、んん?」
慌てふためいていた試験官が、今度は困惑の表情を浮かべる。
一冊の本が、読み終わったかのように、今は裏表紙を上にして静かに机の上に収まっていた。
ざわめきは一転して、しんと辺りが静まりかえっていた。
この空気が耐え切れなく、僕は口を開いた。
「えっと、『測定エラー』ですか? もう一度やればいいですか?」
「え? あ、ああ。そうだな、もう一度――」
そう言って試験官が本をひっくり返した直後。
僕がもう一度手をかざす間もなく、すっと本が取り上げられてしまった。
「その必要は無い。先ほど私が『見初めの書』に異常は無いと言ったはずだが」
「あっ、校長……! し、失礼しました」
試験官が慌てて頭を下げた。
あ、この人校長先生だったんだ。
「これは『測定エラー』ではない。『測定不能』だ。『見初めの書』が有する頁はちょうど千――これを超える魔力量は、この魔法具では測定できん」
重い声が響いた。
ケインを超えたサーニャをさらに超えた、千という数字。
これを受けてどんな反応をすればいいか分からない僕の代わりに、サーニャが声を上げてくれた。
「フィル君、すっごい!! 千だよ!? 千! 測定できないだけで、もっと上かもしれない――軍隊長クラスだよ!」
そ、そうなの?
「ぼ、僕が、勇者様クラスの魔力を……? 本当に?」
俄かには信じることができなかった。
僕が、あのユリアさんとかと同じような魔力量を持っている。
これは小躍りどころか飛び跳ねて喜ぶくらいのことなんじゃ――
「ふむ、結構。それでは次の測定に移りたまえ」
校長先生は、それでも冷めた様子で事務的に指示を出した。その瞬間は、単に僕みたいな生徒はたまにいて、別に驚くようなことでもないんだという理解をした。
けれど実はそうではなく、別のことを気にしていたからだと気付くのは、その後の測定を受けてからだった。
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