一章 実力値

「今並べられているのはなんだろ、辞書かな。分厚い本みたいに見えるけど」

「えっと、えっと、ねえ、フィル君、合ってるんだけど今はちょっと説明できないっていうか、その」

「健康診断みたいなものっていうのは、あれで僕たちの何かが測られるって理解で合ってるかな。それから向こうの方に見える柱は――」


「おいって、聞こえてるだろ!」


 ぐいと肩を掴まれる。それなりに力はあるみたいだった。


「……ああ、僕に話かけてたの」


 これ以上は続けられないと諦める。


 向き直った僕は改めてそいつの顔を見た。黙っていれば、それとあともう少し痩せていれば、身に着けているものと相まってそれなりにかっこよく見えた、かもしれない。


「お前、このっ――お、俺が誰だか分かってないみたいだな」


 知るわけないでしょと心の中で呟く。彼はお構いなしに言葉を続けた。


「一度しか言わないからよく覚えておけ、俺の名前はケルン=コッツェン、あのコッツェン一族の次男さ」


 だから『あの』なんて言われても分からないってば。


「お前、『田舎組』だろ? 右も左も分かってないんだったら、とにかく俺は敵に回さない方がいいぜ――これから先、楽しい学校生活を送りたいんだったらな」


 まるで物語の中の悪役みたいな口上だと思った。

 それから、一つ思い出した。

 今この場にいる人たちの大部分は、このナステラ中央区かそれに近い区の出身で、僕みたいな地方から出てきた人は少数だってことを。それを多分『田舎組』って区別してるんだろう。サーニャ自身は特に気にせず自分でそう言っていたけど、区別というよりはむしろ差別に近い呼び方だと思った。


「――そうだったの。ごめんね、僕『田舎』から出てきたばっかりだからまだ何も知らなくって。よかったら色々教えてくれないかな」


 僕の言葉に、ケルンと名乗ったその子は面食らったような表情を浮かべた後、ふふんと得意げな顔を取り戻した。


「え、お、おおう! そうか、知らなかったんだな! そうだろう、出てきたばっかりだとそうだろう! よし俺が教えてやろう!」


 ちょろいやつ。


 ついイラっとなって大人げない対応をしちゃったけど、サーニャまで巻き込むのは良くなかった。「ごめんね」と小さくサーニャに謝る。サーニャはまだ戸惑った顔をしていた。


 そんなやり取りをしている内に、空にバシッと白い光が走った。瞬きをして、その方向を見ると、空中に一人の男性が浮いているのが視界に入った。



『ようこそ、諸君。まずは、入学おめでとう』


 辺り一帯に響くこの声は、多分魔法によるものだと思う。生徒たちはその男の人に注目した。


 皆がそうして静かにしている中、僕は一人興奮を覚えていた。


 今まで狩りに魔力は使っていたけれど、魔法として発動したことは一度もなかった。



 ここで勉強を積めば、空も飛べるようになるんだ!


 単にここで優秀な成績を残して籍をできるだけ長く置くことだけが目標だった僕は、ようやくここで魔法を勉強するということの意味を理解し始めていた。


 その人は、威厳ある声で続ける。


『遠路はるばるやってきてくれた者もいることだ、ゆっくりとしてもらいたいところだが――まずやってもらいたいことがある。そう、先ほど伝えた通り、諸君には今から簡単なテストを受けてもらいたい。もし、テスト中に気分が悪くなった場合は、すぐに近くの教員または試験官まで申し出てほしい』




 え、ちょっと待って。


 どういうこと?


 気分が、って、そんな過酷なものが始まるなんて聞いていないんだけど。

 ふと横を見ると、サーニャは別段平気そうにしていた。周囲の人は皆一様に落ち着いているように見えて、もしかしたら何も聞かされていないのは僕だけなんじゃないかと錯覚する。


『それでは、準備ができた者から右手にあるコミュニオンテーブルに進んでくれ。五つあるが、どこに並んでも構わない。やることは変わらんからな。終わった者から順に――』


 説明は続いているのに、生徒たちはもう動き始めていた。


「え、これホントに何にも知らないのって僕だけなんじゃないの」


「……多分、そうだと思う」


 サーニャが僕の独り言を受けて答えてくれた。

 ありがとう。でも知りたくはなかったかな。


「あ、だ、大丈夫だよ! 健康診断みたいなものって言ったでしょ? 何やるかを知ってても結果は変えられるものじゃないから!」


 慰めなのか、サーニャはそう声を掛けてくれた。

 ありがとう。でも結果じゃなくって、僕は過程の心配をしているんだ。


「うん……とりあえず僕たちも行こっか」


 並んでいる間、今から何をするかを改めてサーニャと、なぜかくっついてきて同じ列に並んだケルンに教えてもらった。


 やることは大きく、二つ。


 魔力量の測定と、魔導力の測定。


 似ているけれど、話を聞くと全然違った。


 魔法は、扱うごとに魔力を消費する。そして、魔力は人によって体内に留めておくことができる量が決まっているらしい。それが、魔力量。


 一方で、魔法を発動するためにはその体内に蓄えた魔力を効率よく魔法陣に伝導する必要がある。その伝導する力が、魔導力。


 魔力を水に例えると、それぞれバケツの大きさとポンプの強さみたいなイメージだと思う。


 どちらも、訓練によって伸ばすことができるものだという。今回の測定は、ざっくりとその素質を見るためのものらしい。


 そして今並んでいる列は、魔力量の測定。あの辞書みたいなものに手を置いて放すと、勝手に頁がパラパラと開いていき、その人の魔力量を示す頁で止まるらしい。例えば二十頁だと、魔力量は二十。百だと百。


 さっきから聞こえてくるのがだいたい百未満の数字だから、百を超えるとすごいくらいなんだと思う――


「へっ! どうだ、見たか!!」


 一足先にテストを受けたケルンの叫び声が上がった。


 ごめん、見てなかった。


 それから、周囲のどよめき。


 何かすごいことが起きたらしいことは分かった。


「ねえ、フィル、百七十五だって」


 サーニャが僕の耳元で教えてくれた。

 最初に会ったときに思ったんだけど、この子はちょっと人との距離感がおかしいみたいだった。耳にかかった息に僕は身悶えを堪えながら言葉を返す。


「彼、口だけじゃなかったんだね」


 僕の言葉に、サーニャはふふっと笑ってくれた。


 当の本人には聞こえなかったようで、まだガッツポーズを上げて周囲に結果が出た本を見せびらかすようにしていた。

 そしてその本はすぐに試験官に取り上げられた。


「君。分かったから次の測定に移りなさい。あちらの柱だ」

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