一章 田舎組

 入学試験が無い。


 それは聞かされていた通りだった。


 けれど、クラス分けという名目での実質的な試験がそこには用意されていた。


「予想はできたかもしれないけど……詐欺みたいなものだよねこれ」


 今から行われる実技試験の結果で、これから先の一年を過ごす『クラスレベル』が決められるという。いくつに分けられるかは聞かされなかったけれど、そのクラスレベルに比例して授業のレベルも上がるに違いなかった。


「入った時点でもうだいたい進学見込みのある人が選別されるってことじゃない」


 ついさっき列車の中で「目標は高等部入学です」なんて言ってしまったことを思い出して恥ずかしくなってきた。


 ユリアさんも知ってたら教えてくれてもいいのに。決まりとかで言っちゃだめだったんだろうけど。


 校庭に集められていた生徒は、予想に反して百人を優に超える数だった。二百、いや三百はいるかもしれない。試験の準備が整うまで少し時間があるらしく、僕は周囲の様子をぼんやりと眺めていた。


 この場所自体の一目見た感想は、王宮の中庭だった。絵本の中で見たような空間がそこに広がっていて、今もまだ自分が学校という場所にいる実感が全くない。

 カミーラ王国のナステラ中央区に位置するこのナステラ魔法学校は、国王のお膝元に位置していることもあって王国内でも一、二を争う規模の学校らしい。

 魔法の勉強をするためだけにここまで豪奢な建物や中庭が必要なのかは疑問に思う。こんなことに使うくらいなら少しでも生徒の資金援助の方に回してくれたらいいのに。



「ねえ、あなたも『田舎組』?」


 ふと、後ろから声をかけられて、僕は振り向いた。

 そこには品の良い一人の女の子が立っていた。


「はじめまして。私はサーニャ=カヌレ。シェルン村の出身なの」


 紺を基調とした、パンツスタイルの正装に身を包んだ彼女からは、田舎的というよりもむしろずっと洗練された都会の雰囲気が感じられた。わずかに赤みがかった髪は、後ろで一つに結わえられている。ここにいるということは僕と同じ十二歳であるはずなのに、それよりもう少し大人っぽく見えた。


「――えっと、それで、あなたは?」


「あ、っと、は、はじめまして」観察を止めてはっと我に返る。「僕はフィル=レイズモードで、出身はタタラ地区、です」


「フィル君、ね、よろしく! ところで、どうして敬語なの?」


 サーニャと名乗ったその子は、人懐っこそうにくいっと首を傾げた。

「すみま――じゃない、ごめん、でもないや――えっと」

 どうも僕は初対面の人と会話するのが慣れない。女性が相手だとなおさらだった。


「なあに、緊張してるの? ねえ」


 サーニャは僕の胸をつんと突いた。

 そういうわけじゃないんだけど――


「クラス分けのテストって言っても健康診断みたいなものだし、今から頑張ってどうにかなるものじゃないんだから、ほら、肩の力抜こ?」


 そう言って今度は僕の肩を両手でぎゅっと掴んだ。いきおい、顔がすごく近い距離に来る。


 変な気になっているのを悟られまいと、僕は話を振った。

「サーニャさんは――」

「サーニャさん?」

 僕の言葉に、不思議そうに首を傾げた。僕は一瞬、名前を間違えてしまったのかと思った。


「ダメだよフィル君、私たち同い年なんだから、名前でちゃんと呼んでくれないと」


 あれ? この子は何を言っているんだろう。


「いや、さっき僕のことフィル『君』って――」


「やだもう、フィル君は女の子が男の子を呼び捨てするなんて、そんな恥ずかしいことさせるの……?」



 あ、なるほど。


 見た目に騙されるところだったけど、あれだね。


 この子相当あれな子だ。


「――さ、サーニャは、今から何やるか知ってるの?」


 あまり時間は無さそうだったから、僕はこれ以上余計なやり取りを生まないようにした。


「うん、もちろん! お父さんから聞いてたから」


 はは。

 それはどういう意味だろう。


 捉え方によってはカンニングよりもイケナイ不正が行われていることを口走ったことになるんだけれど。僕の考え過ぎかな。


「えっと――よかったら僕にもその内容を教えてくれないかな」

 そして結局僕は何も考えないことにした。

「うん、いいよ、今ちょうどそこの――」


「なんだ、お前。何するかも分からないままここにいるのかよ」


 重要な説明が始まろうとしたまさにその時。男の子の声が割って入ってきた。顔を見なくてもその口調からどんな性格の奴でどんな風体をしているかがなんとなく想像できる。


 僕は声がした方向をちらっと見た。イメージした通りの姿がそこにあって、思わず吹き出しそうになる。


 濃緑のローブを羽織った、少し横幅のある金髪の少年。右の口角が引きつるように上がっている。


 対応を一瞬迷ったけれど、結局僕は目線を切ることにした。


「どれ? あの並んだ石柱のこと? あと向こうの方に机が並べられてるのが見えるけど」

「ええ!? あの、えっと、そうなんだけど――」

「なっ、おいお前! 無視するな!」


 サーニャが少し動揺している気がするけど、これくらいならまだ大丈夫かなと思い、僕は話を続けることにした。

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