一章 少年の目

 端的に言えば、お金のためだった。


 魔法学校は制度上、初等部、中等部、高等部の三つに分かれている。それぞれ三年、三年、二年の在籍期間が定められていて、高等部を卒業した生徒だけが、魔法兵団やそれに準ずる組織に入ることになる。


 つまり、魔法学校は養成だけでなく選別の機能をも担っていて、選ばれた優秀な者だけが魔法兵団に入隊することができる仕組みになっている。そしてその選別は、高等部卒業のタイミングだけではなく、初等部、中等部卒業のタイミングでも『進学試験』という形で行われる。すなわち、一定以上の成績を修めていないと、進学ができず、退学になる。


 そして僕が高等部まで進学したいというのは、最終的に魔法兵団に入って人々を守りたいという目的があるから、じゃない。


 単に魔法学校に在籍している間に支給される国からの資金が目的だった。

 あの町で狩りを続けて暮らすには限界がある。お母さんも体が強くないし、十分な蓄えも無いしで、僕にはもっと安定した収入源が必要だった。


「ふ、ふふふふ、面白い考え方をする子だな君は。学校も、君にとっては仕事の一つというわけか。ますます君のことが好きになるじゃないか」


 口元を抑えて、上品そうにも大きな笑い声を上げる。

 あんまりにも意識の低い目標に笑われたのかと思ったけれど、そうではないみたいだった。


「確かに、山での狩りをそうだと言うなら君は五才の頃から仕事をしていたと考えられなくもないな」

「え、どうしてその――僕のことを」

「ん? ああ、我が校に入学する生徒のことは、もちろん事前に調査済みだ」


 いつの間に何をどう調査されたんだろう。


「その意味で、君はもうすでに魔法学校に入学するための条件はクリアしているということだ。君の目的が何であれ、まずは初等部の三年間を過ごしてもらうことに変わりはない――ただし」


 そこで言葉を区切ったユリアさんが、僕の唇に触れた。


「『魔法兵団に入る気がない』というのは、私の前以外では言わないことだ。余計な心配事を増やしたくないのならな」

 口を開けられない僕は、こくこくと頷くしかなかった。

「よろしい。まあ賢い君なら、十分分かっていることだとは思うがな。いつか君が、誰かの家族を守る存在になることを期待しているよ」


 そう言ってユリアさんは人差し指を放し、その指で宙に何か描く仕草をする。


と、ぼうと薄紅色の小さな魔方陣が浮かび上がった。そしてその逆の手でテーブルの上の籠からリンゴを掴み取ったかと思うと、その後のことは一瞬だった。


 いつの間にかユリアさんの右手には銀色のナイフが握られていて、バラっと均等に切り刻まれたリンゴがとんとんとんと音を立ててテーブルの上のお皿に盛りつけられるように落ちて並んだ。


 僕が声を上げる間もなく、ナイフはその薄紅色の魔方陣に吸い込まれて消えた。


「む、フォークが無かったな」


 ソファーを立ち上がって、壁際の棚に向かうユリアさんを、僕は呆けるように見つめていた。


「…………すごい」



 一瞬で、八閃の太刀筋。


 魔法兵は接近戦に弱いものだけど、ユリアさんに限ってはそんな一般論は通じなさそうだった。


「あの」

「ん、なんだ」


 戻ってきたユリアさんが差し出したフォークを受け取りながら、今度は僕から声を掛けた。


「ユリアさんは、今おいくつなんですか」


 眉が、ひくと動いた。良くない質問をしてしまったと瞬時に悟る。


「……子供だと思って、一度目は許そう」


「あ、その、違うんです! そんな変な意味じゃなくって、ユリアさんが若くて綺麗だから、まだ高等部所属くらいなんじゃないかって思って、それなのに勇者様で、僕があとどれくらいかければここまでなれるのかって思って、その」


 さっきの剣閃を見た直後だった僕は、そんなはずはないのに切り刻まれると直観で恐怖して早口で言い分を述べる。


 女性に年齢を聞いちゃいけないっていうのはそれなりの人生経験を経た人に対して適用されるルールであって、そもそもこの外見で年齢を気にするなんて思わないから!


「君はなんというか――」


 ふ、と息を吐いて、ユリアさんはまた僕の隣に座った。


 最後は聞き取れなかった。不適切な言葉が聞こえた気がしたけど、多分聞き間違いだと思う。


「まだ到着までは時間がある。『それ』以外のことであれば、答えよう」


 ユリアさんはまたニコリと笑った。

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