一章 母性と女性と先生

 この国を守る王国魔法兵団は、さらにいくつかの隊に分けられる。


 全部でおよそ十くらいの数だったと思う。そのそれぞれの隊を率いる隊長は、文字通り一騎当千の実力を持っている。人は、魔を払うその働きぶりに対して、敬意を込めて勇者と呼んでいるのだ。

 

 そんな、とにかくすごい人が、僕一人のために来てくれたというのは、何か僕が特別な――


「期待させたらなら申し訳ないが、特別に何かあってというわけではないんだ。なんというか、言ってしまえばたまたまというか」


 表情を読んだのか、ユリアさんはまず端的に僕にそう告げた。


 うん。


 そんな気はしてた。


 じゃあどうして、と一応食い下がってみる。


「これもまあ、先生の仕事の一つなんだ。『離れた土地に住む我が校の生徒を迎えに行く』というね」

「……え? 今、『先生』って――」

「ん? ああ、君の言う『勇者』は皆、どこかの魔法学校で臨時講師として教鞭を執っているんだ。もちろん毎日というわけではないし、月に二、三回あればいい方だが――そして、君の通うナステラ魔法学校は、私の出身校でもあり、私の担当校でもあってな。そういう意味で、たまたまというわけだ」


 説明された内容を、頭の中でゆっくりと反芻する。


「ええっと……つまり、単に僕がとても運が良かったってことですか」

 全くの偶然だったと思う。けれど、このユリアさんとの出会いは後の僕の人生を大きく変えた。


「ああ、そう捉えるのがいい。他にも君と同じように遠くから来る生徒もいるが、その子たちは『君が思っていたような列車』に乗って来ることになっているからな」


 納得がいった。多分、この車両自体が、勇者様の移動のために特別に用意された車両なんだろう。


 でも、そういう話なのであれば、気になることが出てくる。


「あの、でもそれだとそもそも先生の数が足りないんじゃ……? 都市部の学校だから、少なくとも百人は僕みたいな子が入学してくると思ってたんですけど」

「君はなかなかに賢いな。私は賢くてかわいい子供が大好――ん、んんっ、嫌いではない」


 ユリアさんは不自然に咳ばらいをして、それから言葉を続けた。


「だが、その心配はいらない。そもそも地方からやってくる生徒自体の数が少ないんだ。魔力を持つ子供たちは、そもそも上流階級に多い。これは魔法因子が遺伝するものだからだが――まあ、難しいことは置いておいて、とにかく君の同級生になる子たちはもともと魔法学校が存在する地域に住んでいる者が大半だということだ」


 ユリアさんは特に事も無げに話したけれど、僕はそれを聞いて先行きがかなり不安になった。


「えっとそれって、もともとその子たちは友達同士だったりするわけですよね……? 小さいころから同じ地域に住んでるってことはそうなんだと思うんですけど……そんな中に僕みたいな地方から出てきた子供が入ってきて、馴染めるかは、ちょっと」


 不安でいっぱいになる僕を見て、なぜかユリアさんは蕩けるような表情になった。それからソファーから立ち上がって、僕の隣にやってきて座った。


「心配は不要だ」


 一瞬、抱きしめられるのかと思った。

 差し伸ばされたその手は、僕の頭を優しく撫でた。柔らかさとしなやかさを兼ね備えた手だと思った。その感触がとても心地よく、僕は一瞬にしてとろんとした眠気に襲われた。


「私の学校の生徒たちは、皆いい子たちばかりだ。これまでもそうだったし、今年の生徒たちもきっとそうだ。もし万が一何かあれば、私に相談するといい」

「あ、ありがとうございます」


 もう少し甘えていたい気になりながらも、あまり子供っぽいとも思われたくなくて、嫌がってると捉えられないくらいにわずかに身をよじることでその手を放してもらった。


「ところで、君は――」


 何の前触れもなく、ユリアさんが僕の目をじっと覗き込むように顔を近づけてきた。僕の視線はその水色の目に吸い込まれた。


「――魔法学校に入って、何がしたいという目標はあるか」

「え、えっと、なんですか」


 別のことを考えていたのと、聞かれたことがまったく予想外だったのとで僕はうまく返事ができなかった。ユリアさんはさっきまでと違い少し真剣な表情をしていた。


「目標だ。新しい土地で、学校で、不安を感じるのは当然だ。それに、今までと違う環境で躓くこともあるだろう。だが、それを乗り越えるためには、自分の中に強い意志があることが不可欠だ」


 前触れもない急な話の流れに、僕は何か試されているような感覚を覚えた。

 それから、子供にする質問にしては少し難しいんじゃないかなんて子供ながらに思いながらも、言っていることは分かるし、僕の中に答えはあった。

 けれど、それをそのまま口にするのが正解と分からず、僕は返事ができないでいた。


「ああ、そう構えなくてもいい」


 また表情を読まれたのか、ユリアさんは相好を崩した。


「私は新しく入ってくる生徒にはみな同じ質問をするようにしているんだ。この返答によって入学後の君への対応が何か変わることはない」


 もしかしてユリアさんは心が読めるんじゃないかと思わずにはいられなかった。そんなことを言うとまた笑われるだろうから、僕は聞かれたことに素直に答えることにした。


「とにかく、高等部まで進学することです」


「……ふむ。理由は」

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