ある少年の想い

今日はたまたま、飼育小屋の当番だった。学校で予習をやろうと、朝4時なんていう早すぎる時間に登校した。それが幸運だったのか、不運だったのかは分からない。ただ、目の前にある現実は、間違いなく不運なものである。


登校してから、飼育小屋のある東側へ掃除用具と餌を持って向かった。途中で声がすることに気づき、こんな早朝に来る物好きが他にもいたんだなーと少し意外に思いながらも近づいていくと、声は自分のクラスの担任のものではないかと気づいた。疑問に思った。あのぐーたらな教師がこんな早朝に学校にいるなんて、と。

角を曲がると、少し先に見慣れた後ろ姿が見えた。何故か地面にへたりこんでいる。(女の子座り?)

「先生?こんな早朝にどうかしたんですか?」

「っ!?新田!?来るな!見ちゃダメだ!」

「?」

謎に必死な先生を横目に顔をあげた。

視界に入った赤と、黒髪。

担任の教師の「見るな!」という声が遠のいていく。鞄も掃除用具も餌も地面に落として、それでも彼女しか見えなかった。血溜まりの中に崩れるように座り込み、うつ伏せになっていた彼女の身体をゆっくり裏返した。

血に染まった本のようなものが地面に落ちた。彼女の血にまみれて表紙すら何か分からなかった。

恐らく飛び降りたのであろう彼女の顔は、ギリギリ形は保たれていた。と言っても、額から上は潰れて、頭の上の方からは脳らしきものがはみ出ている。が、恐怖はなかった。

首の骨が折れているのかろくろ首のように動く首を丁寧に支え、上半身をゆっくり起こした。

彼女の華奢な身体は信じられない程重く、そしてまだ生暖かった。

そのまま腕を回し、血にまみれるのも構わず彼女を抱きしめた。何度も触れたいと思っていた身体に抵抗なく受け入れられたことに、変えられない現実を突きつけられた気がした。


新田渚は名藤霞が好きだった。優しく笑う顔が好きだった。艶やかな黒髪が好きだった。少し低めの声が好きだった。


否!


新田渚は名藤霞が好きだ。優しく笑う顔が好きだ。艶やかな黒髪が好きだ。少し低めの声が好きだ。


全てが過去のものになっていく感覚に恐怖を覚えて、全てを否定したくて、彼女を抱きしめたまま泣いた。好きな人を亡くした悲しみと恐怖の、どちらの方の割合が多かったのかは分からない。ただ、声をあげて泣いた。血溜まりの中で、最愛の人を抱きしめながら。

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