第11話 王子の来世ってアレなんだ……
アベイユの森は、背の高い木々が太陽の光を遮る、暗い森だった。
少し踏み入っただけで外界からは閉ざされて、どこまでも深い森の奥へと吸い込まれそうな不気味さがあった。
地面は剥き出しの根っこが張り巡らされていて、それをまたぎながら歩くのが面倒だった。
「ハニー、いっそもう根っこを足場にした方が早いよ」
リータの言う通り、リリスたち六人は、みんな根っこの上を歩いていた。
「そ、そうか。でも、根っこを踏むのってなんか悪い気しないか?」
「ハニーの優しさって植物にも有効なんだ。でもこの森の木は強いから人間の体重程度じゃなんのダメージもないよ」
「ならいいけど」
「それより、もう包囲されているよ」
「え?」
リータが指さす頭上を目で追うと、枝から、鋭い牙の生えた猿たちが何匹もブラ下がっていた。
「うわぁ!」
「キバザル。かなり弱小の魔獣だね」
「サトリ! 私の力で肉体を強化して!」
ヴァルキリーに言われて、俺は慌てて癒し魔法で肉体を強化した。
魔法を使う感覚は、ヤドカリクンの中で練習済みだ。
一秒後、キバザルが降ってきた。
――えっと、攻撃は基本炎か土。でも炎じゃ敵の突進を止められないしここは森で火事になったら困るから土だけど……。
鋭い牙を剥きだしにして襲い掛かってくる猿たちに、足が下がった。
「やっぱ無理ぃいいいい!」
俺はその場から逃げ出した。
それも、なぜか森の奥に。
――うっ、革靴って走りにくいな。
紳士用スリーピーススーツって、やっぱり戦いに向かないよな。ん?
「のわっ!?」
前方の脅威に、俺は足を止めて、あやうく転びそうになった。
緑色の肌に、小柄で醜悪な顔のゴブリンが10体近く。それに、幹を上下にはいずるのはグリーンスライムとオオナメクジだ。
オオナメクジは、大型犬ぐらいのサイズがあって、気色悪い。
前門の虎、後門の狼、絶体絶命のピンチには、腰が抜けそうになる。
「ハニー、ボクのレガリア、忘れているよ」
リータが言うや否や、スリーピースが光に解けて消えて、代わりに、またあの踊り子のような衣装に変わった。
全身に力が湧いて、癒しの力による肉体強化以上に肉体が強化された。
右手には、剣身のない、イフリータブレイドが握られている。
「いや、でも森が火事になるんじゃ」
「乾いた薪じゃないんだから、故意に燃え広がるようにしなければ触れた部分が炭化するだけだよ。でも、今回は魔法の練習も兼ねているから、レガリアを使わず、魔法で倒してみて」
「倒せって言われても……」
キバザルとゴブリン、それにグリーンスライムとオオナメクジは、包囲の輪を縮めながら、俺との距離を詰めてくる。
互いに同士討ちをして欲しいところだけど、リリスが言っていた。
魔獣は、人間を餌にすることが多いと。
つまり、こいつらにとって、俺は最大の御馳走なわけだ。
「ダーリン忘れたの? ワタシの魔法を」
「あっ」
キバザルとゴブリンが前傾姿勢になった直後、俺は彼女の力を思い出して、発動させた。
途端に、魔獣たちが動揺した。
リリスの闇魔法だ。
俺には、周囲がほんのわずかに薄暗くなったようにしか感じない。
けど、魔獣たちの視界は、完全な闇色に飲み込まれているはずだ。
たとえ嗅覚や聴覚に頼っている魔獣でも、感覚器官の一つが突然利かなくなれば、戸惑ってしまう。
グリーンスライムには効いているかわからないけど、元から動きが鈍いので、あまり怖くない。
「よし、これなら……」
自分の目をこすったり、周囲を見回す魔獣たちに手をかざすと、俺は土魔法を使った。
手の平に小さな魔法陣が浮かんで、そこから、リンゴ大の岩が、矢のような勢いで射出された。
「びぎゅっ!」
「ウキャッ!」
岩弾はゴブリンとキバザルの顔面に当たると、硬質な物を砕く音と、肉を潰す水音が鳴って、二体の魔獣は倒れた。
そのまま、二体の体は足元の影に落ちて消えた。
――え?
「死体は戦いの邪魔にならないよう、ワタシの異空間収納魔法の中にいれておくわ。気にせず、ドンドンやっちゃって」
「わ、わかった!」
目は見えないものの、仲間の短い悲鳴に、魔獣たちがわずかに反応した。
さらにその隙を突いて、俺は次々岩弾を放っていく。
まずは動きが速そうなキバザルから優先して、それからゴブリンを、最後に、動きが鈍いオオナメクジとグリーンスライムを倒していく。
それと、ゴブリンたちの中に数体、ひと際小柄で、間抜けな顔の個体がいたけど、あれがレッサーゴブリンだろう。
ゴブリンは腰にボロ布をまとっているけど、レッサーゴブリンは全裸で、性器が丸出しになっていた。
――ヴェスター王太子って、死んだらアレになるんだ……。
なんとも言えない気分になりながら、俺は次々に魔獣を倒しながら、森の奥へと進んでいった。
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ではまた明日の12話でお会いしましょう。
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