第10話 奴隷頭の来世がゴキブリからミミズにランクダウンした

「すごいスピードだな」


 街道の横を猛スピードで駆け抜け、パカタンの背中に揺られながら、俺はウンディーネの腰に抱き着いていた。


 こうしていないと振り落とされるとはいえ、女の子に抱き着くのは初めてのことで、それがとびきりの美少女ともなれば、なおさらだった。


「自分のヤドカリクンの移動速度は時速80キロですが、パカタンの走行速度は時速300キロでありますからな。しかし、防御力場のおかげで風圧は100分の1に抑えられています。苦しくはないでしょう?」

「あ、ああ。普通に走っているときと、あまり変わらないよ」


 そのせいで、ウンディーネの髪の香りを、余すことなく堪能してしまう。


 イケナイとは思いつつ、変な気分になってしまう。


「あのさ、ウンディーネ」

「自分のことは、ディーネとお呼びください。自分はサトリ殿の家族でありますからな!」


 肩越しに爽やかな声で笑ってくれるディーネに、ドキリとした。


 ――なんて、爽快な女の子だろう。


 城の中では、一度も見たことのないタイプだ。


「じゃあディーネ。ディーネはさ、いくら勇者でも、初対面の男子にこうして抱き着かれて、抵抗とかないのか?」


 ディーネの顔色がさっと変わった。


 やっぱり、嫌なのかな。と俺が不安に思った直後、ディーネは、恥ずかしそうに口ごもった。


「恥を忍んで言いますと、先ほどから、ドキドキしております。自分は、精霊界ではリリス殿たちとばかり過ごして、男性と触れ合う経験がなかったので。それに、憧れの勇者様と、こうして二人乗りなど、夢にまで見たシチュエーションです……」


「憧れって、どういうことだ?」


「はい。実は、あの儀式を使うと、勇者の守り手として人間界に召喚されることは、よく知られたことなのです。なので、幼い頃から、精霊王様より何度も聞かされてきました。『そなたたちはいつの日か、勇者の守り手として、人類救済のために戦う日が来るだろう。その時は、誠心誠意お仕えするのだぞ』と」


 子供のように眼を輝かせて、精霊王だかの声真似をするディーネは、一目でわかる程、興奮していた。


「先輩殿たちが次々召喚されていき、次は自分かな、どんな勇者様かな、そう夢想しながら、日々鍛錬に打ち込み、そして、今日ついに念願叶い、召喚の運びとなり感激です」

「そう、なんだ。でも、だったらごめんな。勇者が俺みたいな奴隷で」


 ディーネも、どうせなら強くてカッコイイ、絵本や人形劇の勇者然とした男のほうがよかったんじゃないかな。


 そう、不安に思って尋ねるも、ディーネは笑顔で首を横に振った。


「ご謙遜を。それに、リータも言っていたではないですか。我々精霊にとって、人間界の地位や名声など、下らぬ些事に過ぎません。大事なのは魂です」

「俺の魂って、そんなに良いの?」

「最高ですよ。サトリ殿、貴方は他人から良くないことをされたとき、どう思いますか?」

「どうって、そりゃ、どうして自分がこんな目に遭うんだろうとか、いじめられなくなればいいなとか、そいつがいない場所に行きたいなとか」

「そこです!」

「どこ?」


 俺は首を傾げた。


「普通の人は、まず憎みます。『よくもやってくれたな』『許さない』『ブチのめしてやりたい』『ギャフンと言わせたい』。しかしサトリ殿は、恨み憎む気持ちが湧かない。だからこそ、未だに清らかな魂をお持ちなのです。来世は、人間確定です。ちなみに、あの奴隷頭の男の来世は、ゴキブリに生まれ変わる予定です」


 ――お頭、来世ゴキブリなんだ……。


 俺は、ちょっと可哀そうな気持ちになった。


「ですが、先ほどサトリ殿を殴り飛ばしたせいでミミズにランクダウンしました」


 ――ミミズってゴキブリよりも下なんだ……。


 謎の雑学が増えた。


 雑学だから当然だけど、少しも賢くなった気がしない。


「あの、それでですねサトリ殿」


 ディーネは、恥じるように、ほんのりと頬を染めて、尋ねてきた。


「最初は、初陣に昂っていると思ったのですが、実は先ほどから……違う意味でドキドキしているのです」


 言われて、俺もドキドキが加速した。


「そ、それって……」

「はい。そういう意味です……自分は、勇者様の役に立つことに憧れていました。勇者様とのラブロマンスにも、憧れなかったと言えば、嘘になります。しかし、いくらなんでも、サトリ殿の言うように、初対面の相手と二人乗りをして急にこのような……自分は、破廉恥なのでしょうか?」


 恥じらいと不安の入り混じった声音に、俺は胸がキュンキュンしてきた。


 こんなかわいい子が、自分にドキドキしている、というのもあるけど、ディーネが、俺と同じ気持ちだというのが、嬉しかった。


「いや、そんなことないと思うぞ。俺も、ドキドキしているし」

「サトリ殿もですか!?」


 やや素っ頓狂な声を上げて、ディーネは驚いた。


「うん、ディーネは可愛いし、俺も男だし、初めて女の子に、こんな直接的に抱き着いて、ドキドキしている」

「ッッ……」


 ディーネは、手綱はしっかりと握りつつも、顔を伏せて息を呑んだ。


 安全運転のためにも前を向いて欲しいけれど、俺が前を向くことで、対応した。


「でも俺、それって普通のことだと思うんだよ」

「普通、ですか?」

「うん。俺は奴隷だしまだ15歳で、世間のことも男女のこともわからないけどさ。でも、男と女って、恋愛感情がなくても、異性っていうだけで、一緒に居ると、ちょっとドキドキするものなんだと思う。相手が魅力的な人なら『あぁ、この子可愛いな』『綺麗な人だな』『いつも優しくて、いい人だな』って」


 ディーネは静かに、俺の言葉に耳を傾けてくれた。


「男女の間には、色々なドキドキがあると思う。でも、それは必ずしも、恋愛感情のドキドキとエッチな気持ちのドキドキのどっちかじゃないと思うし、いくつものドキドキが混ざっていることもあると思う。だから、ディーネのドキドキは、憧れの勇者様と一緒にいるっていうドキドキと、異性の男の子と触れ合っているっていうドキドキが混ざっているんじゃないかな? それに、もしも本当にエッチな意味でのドキドキでも、これだけ触れ合っていたら、仕方ないと思う。俺も実際……」


 息を吸って、告白した。


「今ちょっとイケナイ気分になっているし……」

「サトリ殿が、自分にでありますか!?」

「うん、いや、本当に申し訳ないんだけど、俺も男だし、今まで女の子とそういうことしたことないから免疫とかないし、その上で、ディーネは可愛いし、ていうか、胸も……ごめん」


 六人全員に言えることだけど、ディーネも、胸が大きい。


 リータには負けるけど、リータに近いサイズだと思う。


 俺は今、そのディーネの腰に腕をまわしているわけで、少しでも腕を上にスライドさせたら、彼女の下乳に触れてしまう。


 さっきから、腕をミリ単位で上に滑らせては、やめろと自制をかけている。


 でも、湧き上がる欲望は抑えられない。


 というか、パカタンの上下運動でディーネの豊乳が上下に揺れているから、下に揺れた時、触れそうで、イケナイ期待をしてしまう。


 そんな俺に、彼女を責める権利なんてない。本当に、なんて恥ずかしい習性だろう。


 俺も恥ずかしくなってうつむいてしまうと、代わりにディーネが口を開いた。


「サトリ殿、自分は、サトリ殿が勇者で良かったであります」


 優しい声音に、俺は顔を上げた。

 ディーネは、肩越しに、愛らしく笑っていた。

 その笑顔に、俺は魅了された。


「しかし、自分のドキドキが勇者様への憧れと異性への反応だとすると、サトリ殿に失礼ではないでしょうか?」

「いや」


 彼女を弁護するように、俺はまた、らしくもないことを語ってしまう。


「俺、思うんだ。きっとみんな、最初は恋に恋しているんじゃないかなって。でも、それは最初だけで、それからだんだんお互いのことを知っていって、本当に相手のことが好きになるんだと思う。きっと、俺も」

「では、サトリ殿が私に恋するよう頑張るであります」


 彼女のやる気溢れる言葉に、俺は自然と笑みが吹きこぼれた。


「俺も、恋に恋するディーネに好きになってもらえるよう頑張るよ」


 そうして、俺らは笑みを交わし合った。


「ダーリンやるわねぇ」

「流石ボクのハニー。でもあの言葉はボクに言ってほしかった!」

「え?」


 空を見上げると、リリス、リータ、ヴァルキリー、ノーム、シルフの五人が、空から俺らの恥ずかしいやり取りを観ていた。


 忘れていた。

 仲を深めるためにディーネと相乗りしているけど、他のみんなも、空を飛んでついてきているんだった。


 俺は、穴があったら跳びこみたいほど恥ずかしくなった。

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