第9話 クズ王のお家は断絶した
それから一時間、世の中のことや彼女たちのことを色々と勉強してから、お風呂場で軽く体を洗った俺は、リリスのくれたスリーピーススーツ、とかいう、紳士服に着替えた。
自分が、こんな上等な服を着る日が来るとは思わなくて、なんだか馴染まなかった。
こんな格好で戦えるのか訊くと、リリスは、戦う時はどうせ衣装が変わるから戦闘服の心配はしなくていい、と言った。
リータのレガリアを召喚した時のあの服は、鋼の鎧よりもはるかに強度があるようだ。
肌の露出が多いけど、肉体を強化、保護する効果もあるから、問題ないらしい。
そして、街道にさしかかったところで、俺らはヤドリカリクンという名前の巨大ヤドカリから、草原に降り立った。
ヴァルキリーの愛馬に、乗り換えるためあ。
「出でよ、我が純白の愛馬!」
ヴァルキリーが叫ぶと、空間に魔法陣が浮かび上がり、光の粒子が溢れ出した。
光は四足獣の形を作り、長くたくましい脚と、乗り心地の良さそうな背中、太く長い首を作っていく。
勇壮な姿を想像して、俺は心臓を高鳴らせた。
そして、戦乙女、ヴァルキリーの愛馬が、この世に実体化した。
「おぉ!」
ピンと立った二本の耳。
大人の二人くらい、簡単に背負えてしまいそうなたくましい馬体。
そして、もふもふのタテガミ。
さらに、ふわふわの背中に脚。
――ん?
「さぁ、これぞ我が純白の愛馬――アルパカタン、通称パカタンよ」
「…………………………………………あれ?」
「どうしたのよサトリ、変な顔をして。私のパカタンに、何かおかしなところでもある?」
「え? いや、おかしなところっていうか、あれ? 馬って聞いていたんだけど、これ、馬? 羊じゃなくて? いや、羊ですらないと思うんだけど」
俺は、足りない頭をフル稼働させて懊悩するも、まるで理解できなかった。
「あのね、この空に浮かぶ雲のようにふわふわの毛並み、これこそ超常の存在たる精霊が乗る馬の証よ。それとも君は、私の愛馬に文句があるの?」
ヴァルキリーは、ちょっと苛立った表情で、俺に詰め寄ってくる。
「いえ、文句ありませんです、はい」
「ならいいわ。ほら、早く乗りなさい」
「お、おう……」
ものすごく釈然としない俺の前で、ディーネがパカタンに飛び乗った。
「ではサトリ殿、どうぞ、お乗りください」
言って、ディーネは後部座席と言うか、自分のうしろを手で叩いた。
パカタンの背中の蔵は前後に長くて、二人乗りに問題はなさそうだ。
俺は、馬に乗るのは初めてだけど、あぶみに足をかけて、思い切り跳び乗った。
そして、ずるりと落ちた。
「うわっ」
でも、ディーネが素早く俺の手を掴んで、引き揚げてくれた。
「大丈夫ですかサトリ殿? さ、自分が支えている間に、右足でパカタンをまたいでください」
「あ、ありがとう」
なんだか、とても情けなかった。
◆
その頃。
王都からは、合計2000騎の騎兵が緊急出陣していた。
フリューリンク王国が誇る、大陸最強と名高い騎馬軍団だ。
アベイユの森を目指して、街道を猛進しながらも、だが騎兵たちは不満げだった。
「おい、どうして奴隷のガキ一人を捕まえるのに、我らが出陣しなければならないんだ?」
「悪魔の力がどうとか言っていたが、詳しいことは何も教えてくれないからな」
流石に、異世界からの勇者召喚の儀式に失敗したとか、王太子と宝剣を損なわれたとは言えない。
時間も無かったので、騎兵たちは、とにかく奴隷の少年が悪魔の力で王と王太子に無礼を働き逃走したため、すぐに追いかけ生け捕りにしてくるように、と言われている。
たかが奴隷一人のために、栄えある我ら騎馬軍団が何故駆り出されるのだ?
訳も分からないまま、鎧兜を身に着け、ロクな準備もさせてもらえないまま出陣させられた彼らは、馬を走らせながら噂し合った。
「そのことだが、なんでも、勇者召喚の儀式に失敗したらしいぞ?」
「は? どういうことだ?」
「出陣前に大臣たちが話しているのを聞いたんだけど、古文書の解読ミスがどうとか」
「それなら俺も聞いたぞ。勇者じゃなくて、悪魔を召喚する儀式だったんだろ?」
「え? 俺が聞いた話だと、生贄と引き換えに勇者を召喚する儀式じゃなくて、生贄を勇者にする儀式だったらしいぞ?」
「どっちだ? まぁ、とにかく儀式が上手くいかなかったのは確かだろうな」
「じゃあ逃げた奴隷が生贄か? 無礼って何をしたんだ?」
「宝剣と王子が失われたとか、フリューリンク家は御家断絶とか悲鳴が聞こえたけど?」
部下たちの噂話に、隊長は怒声を飛ばした。
「くだらんことを話すな! フリューリンク家が断絶などするはずがなかろう!」
部下たちが背筋をただしたのを確認してから、隊長は毒づいた。
「とにかく許せないのはそのガキだ! 奴隷の分際で陛下と王太子殿に無礼を働くとは! 生きてさえいれば問題はないのだ! 手足の二本や三本を落とし、生まれてきたことを後悔させてやる!」
吐き出す忠義心からは、だが嗜虐の響きが見え隠れしていた。
「ふふふ、陛下や王太子殿に手傷を負わせ、逃げおおせる悪魔使いか。いいかお前ら、この度の武功で我らはデビルスレイヤーと呼ばれるだろうが、決して調子に乗るなよ!」
騎馬軍団の隊長は、人一倍出世欲と名声欲の強い性格だった。
騎馬軍団の入団してから20年。戦に勝利し、大陸最強の騎馬軍団との名声が高まる程、彼の欲はさらに大きくなっていた。
しかし、それは部下たちも同じだ。
隊長の言葉に皆、頬を染めた。
奴隷の少年だろうがなんだろうが、陛下に仇なした悪魔使いを退治する。
言われてみれば、こんなおいしい話はない。
こうして、騎兵たちは両目を出世欲に濁らせ、馬の腹を蹴り手綱を鳴らした。
が、同じ頃、フリューリンク王家当主、クレイズ・フリューリンクは、王城で意気消沈していた。
騎兵たちが耳にした噂は、全て本当だった。
王子と宝剣が損なわれた、そして、フリューリンク王家が御家断絶。
金髪の美男子で、剣の貴公子ともてはやされていたヴェスター王子だが、今は全身に火傷を負い、剣を手にすることもできなくなっている。
そして、同時に男性機能も失われていた。
ヴェスターが一人息子である以上、もはや、フリューリンク王家の血筋は途絶えたも同然だった。
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