第4話 クズ王は世継ぎを失った


 王様の喉が大きく音を鳴らした。


「そ、そんなものはハッタリだ! ようはただ射程の短い炎魔法ではないか! 我がフリューリンク王家の起源にして象徴、伝説の宝剣に比べればヒノキの棒も同然だ!」

「任せてくれ父上。奴隷の血で宝剣を汚すのは忍びないけど、悪の血を吸うのは正義の剣の宿命。その業を背負い、オレは世界を救う!」

「よくぞ言った!」


 王子は、妙に芝居がかった口調で、口元を緩ませながら喋る。王様も、なんだか緊張感がない。


 ――なんだろう、この、変な空気は?


「喰らえ、汚らわしい奴隷と悪魔め! これが、王家の剣だ!」


 王子は宝剣を頭上に掲げると、大股に走ってきた。


「うわぁっ!? 来るなぁ!」


 俺はビックリして、ブレイドをめちゃくちゃに振り回した。


 すると、急に炎の剣身が伸びて、王子が射程に入った。


 俺が振り下ろした炎の剣を、王子は頭上に掲げた宝剣で受けた。


 でも、炎で出来た剣身は、宝剣も王子の頭も顔も体も全部すり抜けて、俺はブレイドを振り抜いてしまう。


「ヴェェエエエエエエエエエエエエエエエエ~~~~~~!?」


 王子は真後ろに飛び退いて、奇声を発しながら床を転げ回った。


「ヴォォオオオオオオオオオヴァアアアアアアアアアアア!」


 王子の金髪は溶けて無くなり、鎧はオレンジ色に焼けながら液体になって、ブスブスと音を立てながら何かを焼いていた。まさか、皮膚?


 神官風の人たちが、慌てて手の平から水を浴びせた。


 きっと、水の魔法だろう。


 それから、傷を治す、回復魔法らしいものをかけていくけど、王子の苦痛はとれなかった。


「ぎ、ギギュウ……ギギギ、ガッ……」


 と、呻きながら、床で痙攣しているし、髪も、それから顔も、元には戻らなかった。


「ヴェスター! おぉ、なんという姿に!」


 王様が王子に駆け寄って、顔を青くした。

 みんなも、次々青ざめ、気絶する人までいた。


 けれど、リータの顔には、憐みも同情も一切なかった。


「イフリータブレイドは形無き炎の剣。防御ができない代わりに、その炎を防ぐことは叶わない。超攻撃特化のレガリアさ。ヒノキの棒には、荷が重かったね」


 死にかけの害虫を見下ろすように冷たい視線の先には、王子と、そしてドロドロの宝剣があった。


「わ、我がフリューリンク王家の象徴が! 国宝がぁ!」


 王様に続いて、他の人たちも次々悲鳴を上げた。


 その姿に、少し俺の胸が痛んだ。


 ――酷い。


 でも、そんな気持ちはすぐに治まることになった。


 リリスが、まるで彼女にしか見えない書類を読むように、視線を走らせながら頷いた。


「自業自得ね。幼い頃から数えきれないメイドたちを趣味で嬲り、訓練と称して奴隷市場で奴隷を買っては魔獣の仮装をさせて殺したり、そうした蛮行を諫める家臣には無実の罪を被せて一族郎党、拷問の末に皆殺し。贅沢のための資金を集めるために領民に追加徴税を課して払えなかった者は奴隷に堕とす。アナタには、地獄ですら生温いわ」


 ――王子って、そんな悪いことをしていたのか!?


 リリスの話を聞くと、同情する気持ちがなくなっていく。


 むしろ、悪党退治をしたような、達成感すら湧いてくる。


 ――ヴェスター。これからは、改心しろよ。


「じゃ、害獣駆除も終わったし、そろそろ行きましょう」


 パンッ、と手を叩いて、リリスは笑顔になった。


「さぁサトリ、アナタの明るい家族計画の為には、世界を平和で住みよい所にする必要があるわ。そして、世界を楽しむためには、アナタが世界から愛される存在でないといけない。世界にはびこる魔獣や悪党たちを倒して奴隷から勇者になりましょう。そうすれば、誰もアナタをいじめたりなんてしないわ。むしろ、アナタに感謝するわ。だって、世の中には不幸な人たちで溢れ返っているんだもの」


「え? そうなの? あ、不幸って俺と同じ奴隷のこと?」

「違うわ」


 リリスは、一言で否定した。


「そこで苦しんでいる害獣の悪行は、他の貴族や支配階層連中も多かれ少なかれやっていることよ」


 リリスは、ヴェスターを一瞥もせず、淡々と説明を続けた。


「魔獣や悪党の気分や都合で、理不尽に苦しめられ、搾取され、殺され、汚される人は、世の中にごまんといるわ。勇者が人類を救うたびに多くの人が改心、更生をするけれど、勇者が死んで伝説となるたび、徐々に社会は腐敗を始める」

「そんな、じゃあすぐ助けないと、早く行こう!」


 俺はブレイドを強く握りしめて、リリスに詰め寄った。

 すると、


「ふふ」


 リリスの顔に、やさしい、すごく優しい、絵本に出てくる【お母さん】のような笑みが浮かんだ。


「やっぱり、アナタはいい子ね」

「え?」

「安心しなさい。だから、定期的に勇者が必要なのよ、この世界にはね」


 俺の手を取ると、彼女はくるりと窓へ振り向いた。


「この近くだと、アベイユの森に棲むエンペラーホーネットがいるわね。ディーネ、確か、アベイユ郡ではレギオンホーネットたちによる連続誘拐事件が起きていたわね?」


 銀髪黒目で、長いウエーブヘアーが特徴的な美少女が、鋭く敬礼をした。


「はっ! その数は一日約50人。この一か月で1500人もの領民が攫われました。が、アベイユの森は危険レベル30のレギオンホーネットの巣窟。領主もそこのクズ王も、兵力温存のため、討伐軍を派遣する予定はありません!」

「なら、最初のターゲットは決まりね。クズ王もクズ領主も見捨てた領民を助けた心優しき正義の勇者サトリ。誰もが感謝してその勇名は三日で千里を駆け抜けるわ」


 トロけるような声でうっとりとしながら、リリスは一人で盛り上がる。


 一方で、クズ王と呼ばれるクレイズ王は、なんだか、急に慌て始めた。


「じゃあ行くわよみんな!」


 他の五人が返事をすると、突然、謁見の間の窓が、壁ごと砕け散った。


 そうしてできた巨大な風穴から、みんな次々跳びだして、空を飛んでいく。


「うわっ」


 不意に俺の体も浮かび上がって、リリスに手を引かれるまま、外を目指した。


 背後で、クズ王が声を張り上げた。


「何をしている!? 賊が逃げるぞ! 殺せ! 殺してしまえ!」


 でも、ヴェスターの一件が効いているのか、誰も動こうとはしなかった。


「役立たず共め! ならば即刻騎馬軍団を出せ! 我が王国が誇る大陸最強の騎馬軍団をアベイユの森へ派遣し、ただちにエンペラーホーネットを誅するのだ! 奴に後れを取るでない!」


 俺の体はどんどんお城から離れて、騒がしくなるほど声が小さくなるという不思議な体験をした。


 朝起きて、謁見の前に連れて行かれて、生贄にされるかと思えばいきなり勇者。


 もしかして俺は、まだ夢を見ているのではないだろうか?

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