第3話 奴隷の俺が勇者の剣ゲット
ただの立派な剣じゃない。
口では説明できないけど、とにかく、何か普通の剣とは違うものを感じる。
「何の用かしら?」
リリスが指を鳴らすと、ヴェスター王子は吐き捨てるようにして口を開いた。
「奴隷の貴様が勇者なんて、誰が認めるか! オレは勇者の相棒として世界を救い、伝説に名前を遺すために、今日まであらゆる研鑽を積んできたんだ! なのに、貴様はうちの奴隷じゃないか! 俺が奴隷の相棒? フザケるな!」
「心配しなくても、アナタを連れて行くつもりはないわ。だって、アナタ程度の腕じゃあ災害獣の餌にもならないもの。気づかれることもなく踏み潰されておしまいでしょうね」
失笑を漏らすように、リリスは鼻で笑った。
王子は、こめかみに浮かべた青筋が破裂して、額から血を流して歯を食いしばった。
「なんだとこの下劣な下等悪魔が! なら勝負だ! 今ここで、その奴隷と戦わせろ! この伝説の金属、アンオブタニウムでできた伝家の宝剣で真っ二つにしてやるよ!」
ヴェスター王子は自信たっぷりに剣を掲げて胸を張った。
でも、リリスの反応は冷ややかだった。
「アンオブタニウムなんて、ワタシたちの暮らす精霊界じゃ一般的な卑金属よ。ドア金具や牛の鼻輪にも使われるわ」
「鼻!?」
王子の顎が、かくんと落ちた。
代わりに、王様が声を荒らげた。他の人たちの口も、解放されていたようだ。
「嘘を言うな! アンオブタニウムで出来た剣は、それだけでAランク評価、民話級の逸品なのだぞ!」
「それは人間界の基準でしょう? 猿に木のこん棒を与えたら伝説の武器として崇められるようなものね」
「猿!? 我がフリューリンク王家に伝わる家宝を侮辱するとは、なんと無礼な……なら、貴様の大事な勇者はその猿の道具に負けるのだ! 行け、ヴェスター! あの不届き者に格の違いを教えてやるのだ!」
「言われなくても!」
王子は、やる気十分だった。
「いいけれど、アナタ、死ぬわよ?」
王子は口角を上げた。
「ふん、逃げの言い訳か!? やはり貴様は精霊の名を借りた下等悪魔! 今すぐオレが退治してオレの伝説に花を添えてやる!」
それを聞いて、他の人たちも顔色が変わる。
「流石はフリューリンクの至宝、ヴェスター王太子だ」
「あのニセ精霊にニセ勇者の命もここまでだな」
「勇者召喚が失敗したのは残念だが、よい余興だ」
「いや、むしろこれから王太子殿の伝説が幕を開けるのだ」
みんな、勝ち誇った顔で俺らを睨みつけてきた。
王子も本気だ。
宝剣を構えて、今にも俺に斬りかかりそうな、鬼気迫る雰囲気があった。
正直、かなり怖かった。
「やれやれだわ。初陣はもっと華のある相手が良かったのだけれど。まぁいいわ。こんなのはただの模擬戦、チュートリアル。ノーカンよね。立ちなさいサトリ」
腕を掴まれ、引き揚げられて、俺は立たされていた。
「え!? え!? いやいや、無理だよ。だって俺、喧嘩だってまともにしたことないし!」
俺は必死になってリリスへ訴えるも、彼女のノリは軽かった。
「あーそれなら大丈夫よ。絶対に勝つし負けようがないもの。まぁサンドバッグや打ち込み用の木偶人形だと思いなさい」
「でで、木偶人形だと!? この、このオレが、このフリューリンク王国王太子、ヴェスター・フリューリンク様がッッッ!」
王子は顔を真っ赤にして、こめかみからブチブチと流血しながら、歯が砕けそうなほど歯ぎしりをし始めた。
俺は、怖くて腰が抜けそうだった。
「木偶人形は言い過ぎね、アナタならせいぜい丸太だわ」
「これ以上あおらないでくれよ!」
「リータ、レガリアを」
リリスの指示で、リータは俺から体を離すと、少し真面目な態度になった。
「わかった。ハニー、ボクのレガリアを受け取って!」
戦場へ赴く女騎士のようにキビキビと口を動かしながら、リータは俺の胸に手を当てた。
彼女の手の平から熱い感触が奔った。
彼女の手の平から熱い感触が奔った。
戸惑う間もなく、血液が熱を帯びて、全身を駆け巡る。
すると、俺の服装が変わった。
奴隷用のボロ装束が、赤い衣装に変わった。昔、砂漠の国から来た男性ダンサーが、こんな服を着ていたような気がする。
熱い。
熱は、さらに勢いを増していく。
特に、右手に力が集中していくのがわかった。
力は出口を求めて、そして、手の平から噴き出して、光の線を描いた。
「これは……」
光の線は、大きな剣のグリップと鍔を形作ると実体化して、質量を獲得した。
右手に伝わる確かな硬い感触と重みに驚く視線の先には、剣身のない、グリップと鍔だけがあった。
なのに、その剣からは無限の頼もしさを感じ取ることができて、俺の意識は引き込まれてしまう。
一方で、王子たちは大爆笑だ。
「なんだよその剣!? 刃がねぇじゃねぇか!」
「レガリア……古代語で【偉大なる者の証】という意味だったか。大仰な名前の割には、なんともお粗末だな。それとも短い棍棒か?」
王様も、にやにやと口元を歪めて、嘲笑してくる。
周りの貴族や神官、騎士の人たちも、お腹を抱えて笑っている。
でも、俺は特に気にしなかった。
むしろ、憐れにさえ思った。
俺も、この剣の威力なんて知らないはずなのに。
「ん、この穴……」
グリップの鍔部分、本来、剣身が挿さっているはずの場所に細い穴が空いている。まるで剣身を引き抜かれたようだった。
次の瞬間、そこから真っ赤な炎が噴き出した。
真っ直ぐ伸びた炎は、メラメラを激しく燃えながら、大粒の火の粉を舞い上げた。
熱波で、体が焼けるように熱い。
なのに、汗はかかないし痛みもない。むしろ、熱で出来た鎧に守られているような気さえする。
「炎の剣、イフリータブレイド……ボクとの絆の具現にして、伴侶たる証さ」
リータが、凄味を帯びた声を響かせる。
謁見の間は、息を呑む音が聞こえるくらい静かになった。
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