第33話 旅立ちの日

あの騒動から一か月が経った。


今日は遂に王都に旅立つ日である。




「偶には手紙を書きなさい。お父さんも何か言ったら。」


「気を付けて行くんだぞ。後、王都でも無茶をしないようにな。」




父さん・・・。そんな泣きそうな顔で言われても。




カインはクライスの王都行きが決まってからクライスを甘やかす様になってしまった。


まだ10歳の息子だ。幾ら王女であるリリカに言われても割り切れないでいた。




「手紙は頻繁に書くようにするよ。父さん・・・無茶はしないよ。リリカ様に迷惑は掛けられないからね。」


「当たり前だよ!!エリスちゃんも一緒だという事も忘れちゃ駄目だよ。」


「わかっているよ!!エリスに関しては俺のせいでもあるんだから。」


「わかっているならいいんだよ。しっかりとエリスちゃんを守りなさいよ、あの子は可愛いんだからしっかり捕まえてなさいよ。」




ネアは最後の言葉だけクライスにしか聞こえない様に呟く。


その言葉にクライスは顔を真っ赤にして反応する。




「言われなくてもそうするつもりだよ!!」


「あははは、これならリサも安心できるね。頑張りなさいよ。」




ネアがクライスを激励しているとエリスとエリスの両親が家から出てきた。




「お待たせ、クライス。あれ、顔が赤いけどどうしたの?」


「何でもないよ!!!ただ、母さんに揶揄われたんだよ!!!」


「ふふふ、ネアさんらしいね。」


「困った母さんだよ。もうすぐ出発だというのに。」


「何だい?文句があるなら聞いとくよ。」


「文句なんて言って無いだろ。」




クライスが母親とじゃれ合い、エリスはその光景を笑う。


エリスの両親であるバースとリサはカインと話をしていた。


そして、両家が揃って暫くすると護衛を引き攣れた王家の馬車が現れる。




「どうやら、待たせてしまったようじゃの。準備は良いか?」


「「何時でも大丈夫です。」」


「そうか。では、直ぐにも出発するとしようかの。荷物は後ろの馬車に積むから預けてくるが良い。」




クライスとエリスは荷物を預けに後ろの馬車へと歩き出す。


リリカが馬車から降り二人の両親の前に立つ。




「では、二人を預かります。この前も言いましたが今回は私が元凶です、故に二人は責任を持って守り通す事を約束いたします。」




リリカが改めて二人の両親に声を掛ける。


それの答えにカインが代表して答える。




「私達の子供達をお願いします。二人とも至らない点が多々ありますがリリカ様の力になるように言い聞かせております。」




クライス達が招待されたリリカのお茶会で起きてしまった事件。


当日は日が傾いても帰ってこない子供達に心配していた。


遂にはリリカの使いが現れ、二人は夕食を取り一泊すると言われた時は腰が抜けてしまい暫く立てなくなっていた。


翌日、二人が帰ってきたと思ったらクライスは服が変わっており問い質してもリリカ様が説明するとしか言わないので心配で午後から店を閉めた程である。


昼過ぎにリリカが何名かの使用人と『踊る黒猫亭』に現れ事の顛末を話した。


その時、自分の息子が大変な状況になっているのに気づいたカインは顔にこそ出さなかったが内心では怒り狂っていた。しかし、相手は一国の王女であり平民であるカインにはどうすることも出来ず黙ることしかできなかった。


そんなカインの様子に気付いたリリカは、席を立ち上がりカインとネアに向かって頭を深々と下げたのだった。


王族が頭を下げる、それも平民に対してだ。これには使用人の面々も驚き止めに入ろうとするがリリカが拒む。




「王族が国民に対して危害を加えたのです、それが故意であったとしても謝るのは当たり前です。しかも今回の事故は完全に私の責任。王族や貴族等の身分は関係ありません。」




王女であるリリカにここまで言われてはカインも怒りを抑えるしかなかった。


その後、リリカがクライスとエリスを王女の名に懸けて守ると約束までしたのだ。


クライスの王都行きは決定事項だと、カインとネアは諦め三人で過ごせる時間を大切にしようと決心したのだった。


話が終わった後リリカは隣の『精霊の宿木』でエリスの両親に同じことを話すと言い店を後にした。


リリカが訪れた次の日には両家が集まり今後の事を話し合い、王都に行くまでの間は家族の時間を大切にすることが決まったのだった。




「リリカ様、荷物を預け終わりました。」


「私たちは何時でも大丈夫です。」


「む、そうか。最後に両親に挨拶をするが良い。わらわは先に馬車にはいっておるからの。」




リリカは別れの時間を与えると馬車に乗り込む。


残された二人と両親はお互い笑顔で言葉を紡ぐ。




「行ってきます。父さん、母さん。王都で立派に成長してみせるよ。」


「期待してるよ。あんたは私とカインの自慢の息子さ。王都でもやっていけるさ。」


「クライス、身体には気を付けろ。幾ら時間が掛かってもいい、自分のペースで成長するんだ。」


「行ってきます。父様、母様。」


「エリス・・・何かあればクライス君に助けてもらいなさい。クライス君なら僕は安心して任せられる。」


「クライス君に飽きられない女になりなさい。貴女なら大丈夫よ、折角クライス君と一緒になれる機会なんだから頑張んなさい。」




二人がお互いの両親と別れの挨拶と激励の言葉を貰う。


そして、家族で抱き合う。


暫くの時間の後、別れの時が来た。




「「行ってきます。」」




短く言葉を紡ぎ馬車に乗り込む二人。


護衛の騎士が二人が乗り込んだのを見届けると御者に出発するよう伝える。


二人の両親は馬車が見えなくなるまで見つめ続ける。その目からは涙を流し、暫しの別れを惜しむのであった。




「二人とも大丈夫か?」


「「大丈夫です。」」


「そうか、しかし泣きたければ泣けばよい。この馬車は防音対策も出来ておる、わらわ以外には聞こえん。」


「あ、ありが、とう、ございます。」


「ひっ。ううう。」




まだ、10歳の子供。わらわが原因で両親と暫しの別れじゃ、心が痛いの。




二人の泣き声が静かに馬車の中で響き渡る。


早くても二年。二人が両親と離れ離れの期間を考えれば当然であった。


これから、クライスとエリスは二年後の魔法学院を入学するまでの短くも長い王都での生活が始まるのだった。


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精霊と混ざりあった少年 田舎暮らし @enfents

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