第6話 三日市 Ⅲ
「あーー美味しかった。幾らでも食べられる位だったよ。」
「確かに美味しかったね。皆が並んでまで食べたい気持ちが解ったよ。」
「いや、クライスはチーズケーキしか食べてないじゃない。」
「それでもだよ。だってケーキが美味しかったら他のも美味しいでしょ?」
「何その謎理論・・・・。まぁいいわ。それじゃ続きを回りましょ。」
二人は『ラルフ』で休憩を終え三日市の残りを回ることにした。
休憩前に商業区の半分程を見終えていた二人は残りの半分をゆっくり回ることにした。
前半はエリスが服を中心に見て回ったので後半は珍しい果物や食材、クライスの見たいものを見て行く。
クライスは冒険者に憧れているので、商業区を素早く見て回って早く職人区の方に行きたがっていた。
エリスもクライスが冒険者に憧れているのは知っているので商業区は早めに切り上げるつもりでいた。
三日市は珍しい果物・食材を扱っているが、二人はまだ子供なので手が出せる価格では無い。
足早に商業区を見て回った後はクライス念願の職人区に足を向ける。
「おーーーーーー、スゲーーーーー。」
「クライス・・・・、はしゃぎ過ぎ。」
「いや、だって普段以上に武器や防具があるんだよ。格好良いじゃないか。」
「うーーーーん。判らない。」
エリスは眉間に皺を寄せて困り顔だ。
反面、クライスは年相応の顔と雰囲気で職人区の三日市に期待を見出していた。
勿論子供に買える値段では無い。それでも、冒険者に憧れるクライスには楽園であった。
『流れ星』が構える出店には各地の珍しい素材から作った武具で埋め尽くされていた。
様々な冒険者が自分に見合った武具を求めて商人と交渉している。
冒険者以外は職人区で働く人々が珍しい素材を求めて目を光らせている。
「格好良いよなー。早く冒険者になりたいよ。」
「そんなに冒険者になりたいの?」
「当たり前だろ。冒険だよ、冒険!!!いつも話を聞くけどスゲー夢を感じるんだよね。」
「そうなの?私はよく解らないかな。」
やはり、男女の差なのかクライスとは違いエリスは冒険者に対して夢を抱くことができていない。
クライスはやはり冒険者の夢があるので目を輝かせているが、エリスはクライスには冒険者になって欲しくないのか冷ややかな目で見ている。
様々な店を二人は歩きながら眺めて行く。
そんな中、早くに店じまいをしているテントを発見する。
「あれ、もうテントを畳むんですか?」
「うん?おお、どうした坊や。買い物かい?悪いが仕入れてた武器や防具は売れ切れてしまったし、あったとしても坊やが扱えるのは無かったぞ。」
「そうなんですね。そんなに良い物を売ってたんですか?」
「質だけは負けない自信があるぞ。まぁ、その商品は今回全部売れちまって無いんだがな。」
「それは見てみたかったですね。では、明日からは街を出るんですか?」
「いや、まだ仕入れがあるから明日は職人区を見て回る予定だな。すまないが片づけをしてもいいか?」
「すいません、邪魔をしてしまって。」
「構わないさ。良い物が見えるといいな。」
「ありがとうございます。」
クライスは商人と軽く会話を済ませると退屈そうにしていたエリスへと向き直る。
そして、エリスの手を握って歩き出すことにした。
「ク、クライス?どうしたの急に?」
「どうもしないよ。はぐれると大変だから手を繋いだだけじゃないか。」
「あ、ありがとう。」
二人が仲良く顔を赤く染めながら手を繋ぎ職人区の三日市を歩き出す。
途中途中で店を覗いては出て行く事を繰り返した所で珍しいテントを見つける。
「あれ、魔道具?それにしては値段が安いような?」
「本当。でも、可愛いのから格好良いのと色々あるのね。」
「これは魔道具じゃないよ。全部アクセサリーさ。何か買ってくかね?」
二人が値段を気にしていると三角帽子を被った老婆が姿を現す。
老婆(商人なのだろう)が椅子に座ると二人に商品の説明を始めだした。
「これは私が錬金術で作り出したアクセサリーだよ。魔石などの触媒は使って無いからね。」
「それじゃ、なんで商業区で店を出さないんですか?」
「ヒッヒッヒ。私は冒険者に商品を売ると決めているのさ。冒険者も少しはオシャレが必要だろうからね。嬢ちゃんも可愛く見られたい気持ちは解るだろ?」
「ええ、それはもう。これとか可愛いですよね。でも本当にこの値段でいいんですか?」
エリスが選んだのはハートの形をして中央に光る石が埋め込まれていた。
一見すると高そうだが値段が大銅貨8枚と子供でも手を出せる値段だった。
「ここにあるのは昔に手に入れた素材で作ってるから安くていいんだよ。魔道具も久しく作って無いし、素材も余って使い道の無い物ばかりだから小遣い稼ぎには丁度いいのさ。」
「へえーーー、これも可愛い。ねえクライス、どっちが似合うかな。」
エリスは老婆の話は軽く聞く程度でアクセサリーに夢中になっていた。
クライスは魔道具じゃなく、ただのアクセサリーだと判ると興味が無くなってしまったが(昔)と言う言葉に反応してしまう。
「これは、お婆さんが自分で手に入れたんですか?」
「当たり前だよ。これでも昔は冒険者をしていたからね。まぁ今は『流れ星』と一緒に各地を転々としながらアクセサリーを売っているがね。」
「おおお、冒険者だったんですね。」
「そうだよ、色々な場所に行ったね。見渡す限りの砂漠や高い山や生い茂るジャングル、もちろんダンジョンなんかも行ったね。懐かしい思い出だよ。」
「凄いですね。僕も冒険者に憧れているんですよ。何かアドバイスくれませんか?」
「ヒッヒッヒ、なら何か買っておくれ。そしてらアドバイスをあげようか。」
クライスがアドバイスが欲しいと言えば老婆は何か買えと言ってくる。
どれも値段としては安いが10歳の少年には高い買い物でもあった。
少し、悩んでいると隣で同じようにアクセサリーを両手に持ち真剣な顔で何かを呟くエリスが目に入った。
「こっち・・・いやこっちの方が可愛いか?」
それはもう鬼気迫ると言った顔つきであった。
若干引き気味にクライスはエリスに声をかけることにした。
「エ、エリス・・・・大丈夫?」
「あ、クライス。ごめん、聞こえなかった。どうしたの?」
「い、いや。真剣に悩んでたみたいだけど気に入ったのがあったのかなと?」
「そうなのよ。このハートにするか指輪のネックレスにするかで困っちゃって。ねぇ、どっちが良いかな?」
「そうだね、どっちも似合っているとは思うけど・・・・。」
クライスの返答にエリスはまた悩み始める。
エリスの望んだ回答では無かったため更に深く考え込んでしまった。
そんな中、クライスの目に変わった形のアクセサリーが目に入る。
左右で色が違い、丸みを帯びて先端にいくにつれて細く尖っている。
そして、左右対称の形をしており二つで一つの円を作り出している。
「これは?」
「お、坊や御目が高いね。それは私の自信作の一つだよ。」
「自信作?」
「そうさ、貸してみな。これは見ての通り二つで一つなのさ。」
老婆はそう言うとクライスの手の中にあったアクセサリーを手に取りおもむろに分解した。
「ちょ、いいんですか?」
「良いも何も言っただろ。二つで一つだと。ほら、紐を通せば色違いのネックレスに早変わりさ。一人で付けるも二人で分け合うも自由ってことだよ。」
二つのアクセサリーに分かれる。
それは片方は黒く輝き、片方は銀色に光るものだった。
偶然にもお互いの髪色にそっくりだった。
「これは、私が冒険者時代に見た遥か遠方の島国のアクセサリーだよ。確か、【マガタマ】とか言われてたね。お守り代わりに使われてると聞いてたんで作ってみたんだよ。」
クライスは老婆の説明を聞きエリスを横目で見た後決断をした。
「これください。」
「毎度。良い買い物したね。」
「ク、クライス?」
「それじゃ、アドバイスください。」
「ヒッヒッヒ。良かろう、それはどんな情報にも対価が必要って事かね。」
「そんなのは解ってますよ。それ以外は無いんですか。」
「欲張りだね。まぁ後は自分の直感を信じることだね。直感は馬鹿に出来ないよ。もしかすると命に関わることもあるくらいだからね。」
「な、成程。判りました。」
「あとは、酔っ払いの話は鵜呑みにしたら駄目だよ。酒が入ると大げさに言うことがほとんどだからね。」
「勉強になります。」
クライスは真剣に老婆の話を聞きながらもいつも食堂で聞く酒に酔った冒険者の話が怪しくなる気配がした。
その事に気付いてしまうと半ば苦笑い気味になったが、手に入れた物で気持ちを切り替えることにした。
「それじゃ、エリス行こうか?」
「え、まだ私買って無いよ?」
「良いから。ほら行こ。」
「お嬢ちゃん、ここは彼氏の言うことは聞いとくべきだよ。」
「彼氏!!!!ち、違いますよ。クライスとはまだ・・・・・。」
老婆の言葉で顔を赤くしてクライスに手を引かれ店を後にする。
暫く手を繋いで歩くと中央公園に戻ってきた。
二人は噴水前のベンチに腰掛けると大きく息を吐いた。
「「はぁーーーーー」」
お互いのタイミングが一緒だったので二人は顔を見つめあいながら笑いだす。
ある程度笑うと、クライスが真剣な顔でエリスの名前を呼ぶ。
「エリス。」
「何、クライス?」
「今日は、楽しかった?」
「もちろん、楽しかったよ。最後は強引だったけど・・。」
「それは、謝るよ。でも理由がちゃんとあるんだ。」
「どんな理由?ちゃんと納得できるのかしら。」
エリスはクライスの真剣な顔つきと理由が気になるのか、自然と緊張してしまい身体に力が入る。
そして、クライスは意を決したのか先程買ったペンダントをエリスに手渡す。
「これを、プレゼントしたくて。今日一日楽しかったし。」
「本当に?」
「俺だってプレゼントの一つくらいはするぞ。それにこのペンダントは黒と銀だろ。お互いの髪色だし、お揃いで丁度いいかと思ったんだけど。」
エリスは信じられないという顔でクライスを見つめる。
普段のクライスからは想像も付かない行動だからだ。
そして、クライスの手から黒のペンダントを受け取ると自分の首に付けていく。
クライスもペンダントを首にかけるとお互い確認の為に見つめあう形をとってしまう。
「似合ってるよ。」
「ありがとう。クライスも似合っているよ。」
顔を赤くて、お互いの髪の色の装飾品を付けて照れている。
二人の両親が見ていれば「「「「さっさとくっ付いちまえ。」」」」と捲し立てる状況だ。
少しの間見つめあった後クライスから声をかける。
「そろそろ、帰ろうか?色々見て回れたし、買い物も出来たから。」
「そ、そうね。帰りましょうか。あまり遅くなっても怒られるものね。」
二人が、お互いを意識しながら帰宅しようとしてベンチから立ち上がる。
そして、自然と手を繋ぎ帰宅しようとした時である。
「おや、そこにいるのはエリス嬢では無いかね?」
エリスを呼ぶ声に二人は反応して振り返る。
そこには、老齢の執事を連れた身なりの良い赤髪の狼の獣人が立っていた。
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