第2話 洗濯物騒動
「そろそろ、落ち着いてきたかな。もう少ししたら訓練ができる。」
朝の利用客が少なくなってきたので、クライスは独り言を呟く。
クライスの食堂は、隣のエリスの両親が営む宿屋と業務提携をしており毎日、朝食と夕食を提供する形をとっている。
クライスは毎日宿屋の客から朝食と夕食時に割り符を受け取り食事を運ぶ手伝いをしている。
朝食と夕食時は様々な客が入り乱れ、繁盛しているのでクライスは貴重な労働力となっていた。
逆に、昼食時は仕事に出てるものが多いので閑散としていることが多いので、自由な時間ができ冒険者を目指しているクライスは訓練ができるので、待ち遠しくて仕方なかったのだ。
「クライス。昼食を食べなさい。」
「はーい。お昼食べたら休憩でいいの?」
「ネアの手伝いが終わったらな。」
「えーーーー。母さんの手伝いもするのかよ?訓練の時間が少なるじゃないか。」
「生意気言わずに手伝いなさい。嫌なら、夕食の仕込みも手伝わすぞ!!!」
「いえ、手伝わさせていただきます。」
「素直でよろしい。ほら、冷める前に食べろ。」
「いただきまーす。」
父親とどうしようもないやり取りをして昼食をとる。
子供の栄養を考えてか、様々な種類の料理が一つのプレートに盛り付けされている。
ここ、魔法大国マルスでは魔法の研究の他に人体の健康状態等にも気を付ける研究がなされており、国民一人一人の健康に対する意識は高い国となっている。
学校などは存在しているが、基本的に貴族が通うことになっており平民であるクライスは通うことは無いが、マルスでの識字率は高く最低限の教育は領主直下の下で教会などで週末の二日間は行われている。
これは、貴族以外で才能のある子を発掘するためである。
「ご馳走様。母さんの手伝いに行ってきます。」
クライスは昼食を食べた後、調理場を通り抜けて裏庭に走った。
「母さん、仕事があるって父さんから聞いたけど?」
「良い所に来たね。そこに洗濯物があるから干していってくれる。」
ネアの足元には大量の洗濯物が大きめのカゴに入れて置かれていた。
この洗濯物の量は隣の宿屋と食堂、さらにはクライスの家族とエリスの家族の分が入っているので大量になっている。
「今、エリスちゃんがリサさんを呼びに行ったから。皆で干したら早く済むよ。」
「先に、干してるよ。待ってるイ時間がもったいないや。」
クライスはそう言うと、洗濯物を一つずつ取り出し紐にかけていく。
何枚かかけ終わったところに、エリスとリサが顔を出してきた。
「クライス、もう干してるの。一緒にやったほうが早くない?」
「待ってる時間が勿体なかったんだよ。早く訓練したいし。」
「本当に訓練が好きだね。楽しいの?」
「楽しいよ。強くなって早く冒険者になりたいからね。冒険者って格好いいじゃないか。」
「私には判らないよ。訓練より一緒に遊ぼうよ?」
「ダーメ。訓練は休まずしたほうがいい言って冒険者の兄ちゃん達が言ってたからな。だから、遊ぶのはまた今度ね。」
「もう!!!いつもいつも訓練・訓練って私の事嫌いなの?」
「なんでそうなるんだよ!エリスの事を嫌いになるわけないだろ。むしろ大好きだぞ。」
クライスにとって冒険者になるのは夢ではある。エリスは訓練を止めて遊ぼうと誘うが訓練を止めるわけにはいかなかった。
ほぼ毎日顔を合わせ、一緒に過ごしているので邪険に扱うことは無いが、クライスにとって大事な時間であるのは変わりがなかった。
だから、エリスの「嫌いなの?」の言葉に本音が出てしまう
その一言が嬉しかったのかエリスは顔を赤くして下を向いてしまう。
そんなエリスを見てしまい、自分が何を言ったのか気付いたクライスも顔を赤くしてしまう。
「二人とも、イチャイチャして手を止めないの。まだまだ洗濯物はあるんだよ。」
「ネアさん。クライス君の告白ですよ!!!ここは静かに見とくべきでは?」
「あれだけ毎日一緒にいるんだよ。今更でしょ。お互いの気持ちが分かったから良いことだけどね。」
ケラケラと笑いながらリサからの提案を一蹴して赤くなった二人に声をかける。
声をかけられた二人は、ぎこちない動きとお互いの距離を意識しながら洗濯物を干していく。
「クライス、洗濯物を干したらエリスちゃんと出かけておいで。今日は三日市が立ってるから二人で見に行きな。」
「そうね。クライス君、エリスを三日市に連れて行ってくれるかしら?エリスは楽しみにしてたからお願いできる?」
「エリスちゃんを連れて行かないってんなら、夕食の仕込みやあたしの手伝いをしてもらうよ。」
「えーーーーーー。なんだよそれ。」
三日市とは月の中頃に町の中央広場で開催される三日間の市の事である。
この市は商業国家ナニーワの行商人たちによってもたらされる。
町から町に様々な商品を届け物流を促す一種のお祭りである。
突然の二人の母親による提案。これに二人の反応が別れた。
クライスは文句を言い、エリスは満開の笑顔で顔をクライスに向ける。
「クライス、行きましょ。今日くらいは訓練を休んでも大丈夫だよ。」
「そうさ、毎日毎日訓練ばかりじゃなくエリスちゃんと遊びなさい。そんなことだとエリスちゃんに嫌われるよ。」
「クライス君、三日市でのエスコートお願いね。エリスも一人だと危ないから男の子が一緒に行ってくれるとお姉さん嬉しいわ。」
三人の女性に言い寄られては10歳の少年が勝てるはずもなく。
「わかったよ。一緒に行くよ。その代わり、お小遣い奮発してくれよな。」
「それは、あなたの働き次第ね。まだまだある洗濯物をどれだけ早く干してくれるのかしら?」
「くっ。卑怯だぞ母さん。」
「卑怯ではありません。ほら、手が止まってるわよ。」
「くそーーーーーーー。」
クライスの慟哭が裏庭に響き渡る。
その中で、エリスはクライスと三日市に行けるのが嬉しいのか、身体を左右に揺らし鼻歌を歌い上機嫌という言葉では足りない程である。
「ほらほらエリス。嬉しいのは分かるけど洗濯物を干すのを遅くなればそれだけ時間が無くなるわよ。」
「それはダメ!!!急いで干して着替えなきゃ。」
正気に戻ったエリスは9歳とは思えない速度で洗濯物を干していく。
そして、訓練が出来なくなり悲壮感に暮れていたクライスだったがエリスの様子を眺めて呟いた。
「別にエリスと行きたいわけじゃ無く、恥ずかしいだけだ。」
その言葉は、誰にも聞かれることもなかった。
そして、行動力が上がったエリスとヤケクソ気味になったクライスの二人の活躍?により無事洗濯物は干し終わった。
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