夏の思い出

椿叶

夏の思い出

「遊園地行きたかった!!」

『うんうん。俺も行きたかった』

 スマホ越しに返ってくるのは幼い子供をあやしているのと同じような声で、きいきい騒いでいたのが急に恥ずかしくなった。

「あの遊園地で、浴衣のイベントやってくれるの夏だけだったんだもん……」

『運営のほうも中止って言ってたからなぁ』

 私が好きな遊園地では、毎年夏に浴衣のイベントを行っている。夕方以降に浴衣で入場するといろいろなサービスが受けられることで有名で、私はほとんど毎年のように行っていたのだ。しかし今年は新型コロナウイルスの影響で中止。私の夏の最大の楽しみは見事に潰えた。

『まあまあ、今年は出かけらんない分電話しようさ』

「電話じゃ物足りないというか……。しょうがないけどさあ」

 私と彼が住んでいる場所はかなり離れている。会うにしてもどちらかが都心を通らなければならず、安全だとは言い難い。お互いのために、落ち着くまで会うのは控えようと約束しているのだが、

「寂しいよぉ」

 どうしてもこう思ってしまうわけで。

「まじでコロナ死ね~」

『まあまあ。葵も大事な実習あるんだからさ、今年はしょうがないよ。来年こそ行こうな?』

 苦笑まじりの声に、今年だから意味があったんだよ、と返す。

 だってさあ、と言いかけて、口を閉じる。さすがにこの先は言えない。だから代わりに手元のペンをくるくる回した。

 君が来年も、私を好きでいてくるかわかんないじゃん。だから今年がよかったんだよ。

『だって、何?』

 彼は私の心が読めていないようで、どういうことだろうと呟いている。分からなくていいし、分かってほしくもない。

 ペンを放り投げ、少し笑いながらつぶやいた。

「なんでもない」

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夏の思い出 椿叶 @kanaukanaudream

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