第12話 里出発 後編

「嘘……〝神絆キズナ〟を知らないなんて。ルタ君、小さい頃にどこかの神と契約したでしょ?その時に神界と通じたものを〝神絆キズナ〟って言うんだけど」


「小さい頃?記憶に無いなあ。昔っからずっと変な修行ばっかさせられとるが」


「本当に?じゃあ結神式けっしんしきは?産まれて初めて神と契約する行事、それもやった記憶無い?」


「……なんじゃそりゃ」


 ルタは首を捻る。


「冗談でしょ。じゃあどうやって魔法を使ってるって言うの?魔法陣や魔具まぐは〝神絆キズナ〟を必要としないものも確かにあるけど、魔法は直接式であれ間接式であれそういうわけにはいかないから」


「魔法……ニコルのアレか?」


 ルタはさっきまで言い争っていた相手に尋ねる。言われた彼女も何ら引っかかる様子も無く素直にかぶりを振った。


「いや、ウチのは違う。里でもたまにいるだろ、何かごにょごにょ言ったり変な踊りする奴、その後に出てくるのが魔法」


「おー、あれか」


 ルタはとりあえず認識はしているようだった。


「それは多分間接式の魔法じゃないかな。神と直接契約して詠唱や身振り、踊りといった準備動作ルーティンを簡略化できるのが直接式。大体こういう符号コードを刻むことになるんだけど、本当に無い?」


 説明した後、レイチェルは自分の左手の甲をルタに見せるように後部座席に伸ばす。と、速攻両手で握りこまれた。


「レイチェルちゃんの手、すべすべー」


「ぅいいっ!?」

「話の流れを読め変態」

「ルタ邪魔、狭いって」


 ゾワワと鳥肌を立てるレイチェルを助けるためなのか、間にいる女性二人がルタの主に頭部をしばきまわすが、彼は決して手放そうとしない。最終的にリリーがヘッドロックをかけることによりようやくレイチェルの手は自由になる、が逆立った毛は当分収まる様子はない。


「……な……無いな……そんな……刺青タトゥーみたいなの……ぐあああ……」


 彼の刺青タトゥーという表現はあながち間違ってはいなかったが、少し違うのはその黒い部分が小さな四角いドットの集合体になっていることだ。全体の形状としては彼女の背中に描かれたものと同様なのだが、その様相のせいでより一層複雑な模様を構成している。


 自分の手をさすりながらもレイチェルは目を丸くした。


「じゃ、じゃあ照合器ベリファイアは?符号コードの代わりに身に着けるもので、指輪だったり、ネックレスだったりすることが多いんだけど」


「ルタがそんなお洒落アイテムつけてるとこ見たことねーな」


 彼に代わりニコルが答える。ルタの額をぺちぺち叩きながら。


「信じられない、いろんな意味で……あ!でもさっきのアレは?ほら、すごい勢いで建物に激突したけど、あなたピンピンしてるじゃない。生身の人間じゃまず考えられないよ」


「ぬ?普通ではないか?」


 ヘッドロックの最中ながらもきょとんとするルタ、そしてリリー。その反応にレイチェルの方が唖然とする。


「そんなわけないでしょ!あ、そうか。どこかの守護神ガーディアンと里で起きるそういうのを守る契約をしてるとか……」


「うちの里にそんな気の利いたものはないねえ」


 と、ハンナ。ついにレイチェルが頭を抱えた。


「じゃあさっきのアレはなんなのよ!?」


「何って言われても……なあ?」


 ルタが困ったように前の二人に目配せする。と、代わりにリリーが口を開いた。


「うん、里の人間……えーと、ヒラビト?大体みんなそんな感じだよ。たまに違うのもいるけど」


「どうなってるの……いくらなんでもその歳で大母神グランマの加護が続いているなんて考えられないし……符号コードが無いだけで実は知らない間に契約してるとか?だとしても〝神絆キズナ〟を認識できないわけないだろうから……うーん……」


「ま、確かにウチらの里はちょっと変わってるわな」


 カラカラと笑うニコル。と、ここでふとレイチェルの脳裏に邪念が宿り、うっかり小声を発してしまった。


「まさか魔人まびとなの?それとも、鬼子おにご?」


「え?何て?」


 ルタが尋ね返してきたが、彼女はぶんぶんと手を振って否定した。


「う、ううん?何でもない!」


「……そう?」


 三人からの視線が痛い、そう感じたレイチェルは慌てて話題を変えた。


「そ、そういえばさっきのフェルゥレさん、あの人は何なの?巨人ジャイアントかなとも思ったんだけど、私見たことないから判別できなくて」

「大婦長は人っていうより怪物なんじゃないかな」


 しれっとそんなことを言うリリー。


「……え?」


 思わず硬直したレイチェルに、運転席から補足が。


「アタイらもよくわかんないんだよ。だけどずーっと昔から里にいて、人間離れしていることだけは確かだねえ、色々と」


「おたくの神サン連中もちょっとビビッてなかったか?」


 ニコルが皮肉げに笑うが、確かに、とレイチェルも思った。あの神の彼女に対する反応は、敬意というよりは畏怖、畏怖というよりは警戒心といったように見えた。


「まあそれはフェルゥレがどうとかって言うよりは……」


「ドクソジジイの方にかもな」


 ハンナの言葉をルタが続ける。


「……まだ何かいるの?」


 レイチェルはもう呆れ半分だ。そこにリリーが更なる補足を入れてくれる。


「ジーさんは居るっていうか、たまに来るオッサンだよ」


「っていうかルタの宿敵」


「んなわけあるか!」


 ニコルに憤慨する彼はおいといて、レイチェルが疑問を口にする。


「それが神と何の関係が?」


「詳しくはよく知らないけど、神界とパイプがあるみたいだねえ。たまーに会いに来る人がいるし。大体不在なんだけど」


「でもあんまり本場の神さん来ないよね、今日久しぶりに見た気がする」


「うちの里には神界の神さんが来づらいって聞いたことあるぞ」


「へー、なんでだろうねえ?そういやフェルゥレも不問にしますとか言ってたから、なんか協定があるのかもしれないねえ」


 三人が事も無げに喋っている横で、レイチェルはもう完全に呆れ果ててしまった。


「本当に……なんというか、変わってるのね、あなたたちの里って」


「だけど住みやすいよ。レイチェルも引っ越してくれば?」


「そうだそれがいい!俺と一緒に住もう!」


 リリーの言葉に我が意を得たとばかり、ルタがぐいっと顔を突っ込んでくる。が、レイチェルは引きながら答えた。


「いやあ……遠慮しとこっかなあ」


「何故だ!?」


「何故も何も……」


「言ったれ言ったれ、ハッキリキッパリと」


「……神殿無いし」


 ニコルが後ろでずっこける。運転席ではハンナがため息をついた。


「あんた、案外ちゃんと断れない人かい?」


「いや!神殿はすごく大事なの!私にとっては何よりも!」


 そこでルタが宣言した。


「神殿を作ればいいんだな!わかった!これで二人の結婚生活が送れるね!」

「すごく前向き!?」


「ほーら言わんこっちゃない」


 ハンナが額を抑え、後ろではルタだけでなくリリーも喜んだ。


「やったね!里に仲間が増える!」


「気をつけろよレイチェル、ここにいるアホは一人ルタだけじゃないからな」


「……あ、あはは」


「え、まって。まさかアホってリリーのこと?」


 後ろにいる二人がまた小競り合いを始めたが、レイチェルは流れる音楽に集中することにした。ああ、どうせこれも巧学こうがく伎術ぎじゅつとやらによるものなのだろうなあなどと考えながら。

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だれだってマイ・ハニー(仮) 本織八栄 @motooriyasaka

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