第11話 里出発 前編

 広がる広大な景色、僅かに振動する車体、流れる軽快な音楽。


「どうだい?少しは慣れてきたかい?」


「ええ……」


 運転中のハンナからの問いかけに、レイチェルは空元気に答える。


 一行は現在新国イェルヴァ・ノシリズの首都イェルヴァへ向かってドライブの真っ只中。レイチェルは助手席に座りながらも、未だ手すりを離すことができない。


「まさか自動車に乗るの初めてだなんてねー」


 二列目の座席ででリリーが笑っている。


「……私がいたところではあまり普及してないから、この手の魔具まぐ


 普段は馬か馬車で移動しているレイチェルにとって、鉄の塊の中に入るということそのものが落ち着かないものであった。しかも里を出るにあたっては地下道を通ったり森の中を抜けたりと目まぐるしい。ようやく眼前に平野が開けてきたかと思うと、今度は〝タイヤ〟という車輪を使用し始めたらしく、それまで無かった揺れが彼女を襲い続けていた。


「そうかもしれないねえ。これは魔具まぐといっても、巧学こうがく製品でもあるからねえ」


巧学こうがく?えっと、禍学かがく戯術ぎじゅつみたいなもの?」


 過学かがく禍学かがくとも、欺術ぎじゅつ戯術ぎじゅつ偽術ぎじゅつ擬術ぎじゅつとも呼ばれる。どのみち好意的に表現されることは少ない。


「似て非なるものだよ。巧学こうがく伎術ぎじゅつ過学かがく欺術ぎじゅつと違って魂が込められているから」


「魂?」


「あー、気にすんな。地人ちびとらのこだわりみたいなもんだ。正直違いなんてウチにもわかんねーよ」


森人もりびとは大雑把だからねえ」


「リリーにもわかんないよ」


山人やまびとの脳みそはそれ以前だからな」


「え、それバカにしてる?」


「してねーよ、ようするに脳天気ってこと。つまり、頭がパァーッと晴れてるってわけだ」


「おお!確かになんかポジティブな感じ!」


「だろ?」


「うん、ありがとうニコル!」


「いやいや、礼には及ばねーって」


「……ううーん」


「あれ、レイチェル酔ってきたん?」


「い、いいえ」


 単に突っ込みたいけど突っ込めないもどかしさが声に出ただけなのだが、色々パァーッと晴れてるリリーは純粋に心配してくれたようだ。とりあえず、彼女の性格良いらしい。


「ま、こいつで文明滅ぼしたりはできねーから、安心しな」


 ニコルはニコルでレイチェルが別の心配をしていると思ったのか、冗談めかしてフォローを入れてきた。


「ま、ちょっとは我慢しておくれ。どうしても駄目な時は路肩に止めるから言っとくれね」


「うん、大丈夫。そういうのじゃないから」


 実際、馬や馬車に乗っている時と比べると揺れ自体は格段に少なかった。道も幅広く平らに整備されており、だからこそタイヤを使用し始めたことは想像に難くなかったが、経験の無い刺激は小を大にする。つまり、やっぱり中々慣れない。


「おいハンナ!レイチェルちゃんが可哀そうじゃないか。なぜタイヤそんなもんを出した!」


 一番後ろの座席でルタが身を乗り出してくるが、一つ前の席に座っているニコルとリリーにより突っ込んだ頭と顔を押し戻されている。


「燃費が悪いからだよ」


「ガスぐらいお前ならすぐ入れられるだろ!」


「時間がかかるじゃないか。ま、どのみち今日中ってのはちょっとしんどいけどねえ」


「途中モーテルに泊まって、朝一に出れば昼頃には着くんじゃねえか」


「え、明日?そんなに早いものなの?」


 目を見開くレイチェル。


「そうだねえ、大体そんなものだと思うけど」


「すごい……歩いて一週間だから、最低でも三日はかかるものだと思ってた」


「さすがに馬車とはわけが違うからねえ」


 振動が少ないため気づきにくいが、確かに馬の速度とはけた違いだった。これなら本当に一泊で到着するかもしれない。


「ねーねー、レイチェル。ちょっといい?」


 と、リリーが後ろから声をかけてくる。


「どうしたの?」


「さっき言ってた、まほうじんってどんなの?」


「ああ、それはこれ」


 レイチェルは懐から自身が使った魔法陣を取り出しリリーに手渡した。


「へー、紙に一杯字が書いてある」


「珍しいな。リリーが文字書いてるものに興味示すなんて」


 またナチュラルにニコルがリリーをディスるが、当の本人は気づかない。


「これってどれぐらい飛べるん?」


「私が使ったのがシドリスって村の近くなんだけど、そこからだとどれぐらいの距離になるんだろ?正直飛んでると距離感つかめなくって」


「シドリスか、結構飛ぶもんだねえ……山が邪魔してるから実際にはもっとかかるけど、直線でも数十キロはあるんじゃないかねえ」


「安全に着地できるところが無かったからかな?それとも、魔獣が追いかけてきてたからなのかも」


「すごい楽しそうじゃん!ね?これどうやって使うの?」


「ここで使う気かよ、数十キロ先まで迎えになんかいかねーぞ?」


 ニコルが顔をしかめる。だがレイチェルはそれ以前の問題であることを知っていた。


「ごめん、それもう使用済み。文字の色がすごく薄いでしょ?それがその証。モノによっては紙ごと消え去ることもあるけど」


「えー?使えるやつはないの?」


「結構たくさんあったんだけど魔獣に襲われた時に落としちゃったの。困ったことに」


「高価なものなのか?」


 ニコルの言葉に首を振るレイチェル。


「というより、本来はそれを届けるため神殿に向かってるようなものだったから……」


「そりゃまずいねえ。探しに行かなくていいのかい?」


 心配そうに言う運転手に、レイチェルは首を振った。


「しょうがないよ。多分もう見つからないだろうし、何より神が神殿に直接向かえって言ってたから」


「あーあ、空飛びたかったんだけどなあ」


「本気で使う気だったのかよ」


 残念がるリリーにニコルが呆れる。


「都会に行ったら売ってる?これ欲しい!」


「どうだろ……ちょっと貸して?」


 レイチェルは魔法陣を取り戻すと、薄くなった文面に目を通す。街でも気軽に購入できるものか確認するためだ。すると、魔獣に切り裂かれた下部が無くなってはいるものの、これを使用した時には気づかなかった条件が書かれていることに気が付いた。極力近すぎず遠すぎない範囲の人里に届けるということ、そして……


「……売っててもあなたには使えないと思う」


「えー、なんでなんで?」


「これ、魔法陣自体には神通力が込められてないタイプだから」


「……じんつうりき?」


「平たくいうと魔力ってやつ。だからそれを引き出すには〝神絆キズナ〟を通して神界へ志向する必要があるわけで、それが無いあなたたち〝亜人〟には……」


 ここまで喋ってレイチェルはハッと口をつぐんだ。


「……ごめんなさい」


「気にすんなよ、外ではそういう風に言われてるの知ってるから」


 ニコルがぱたぱたと手を振る。が、彼女の仲間である山人やまびとは初耳のようだ。


「あじんって何?」


平人ひらびと以外の人間は亜人と称されることが多いんだよ。新国周辺では気を使って異人って呼んでるみたいだけどねえ」


「あんま変わんない気もするけどな」


 代わりに答えたハンナにニコルは事も無げに言う。と、リリーが後ろを振り返った。


「へー、じゃあルタにはそのキズナとかいうのがあんの?」


「だってよ、どうなんだ?ルタ」


 ニコルに問われるも、きょとんとした表情を浮かべるルタ。


「……なんだそれ?」


「おいおい平人ひらびと失格だな」


「なんだと亜人」


「んだとコラ、やんのか」


 ニコルがルタを睨みつけるが、男はしれっとして言い返す。


「気にするなよ、外ではそういう風に言われてるの知っとるんだろ?」


「お前にだけは言わせねーよ」


 語ってる内容の割には険悪そうな雰囲気のない二人だが、レイチェルは驚きを隠せなかった。ただそれは、彼がナイーブにも際どい用語をいとも当たり前のように口にしたからではない。

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