第9話 帯同

「ところで、レイチェルさん。あなた、これから、イェルヴァに、向かわれるの、ですか?」


 と、そこにフェルゥレが口を挟んできた。


「えーっと、そこって新国イェルヴァ・ノシリズの首都ですよね?だとしたらそうです」


 なんかもう慣れてきたので普通に返答するレイチェル。だが、フェルゥレの様子がどこかおかしい。


「大変、申し訳、ありませんが、この里から、イェルヴァまで、公的な、交通手段は、存在して、いないのです」


「そ、そうなんですか?じゃあどこかで馬でも借りて……って、ああ!」


 腰に手を当てて、彼女は飛び上がった。リリーが不思議そうに尋ねる。


「どうしたん?」


「さ、財布が無い……バッグと一緒に、落としたまんまだった……」


 ぱんぱんとお尻の辺りをはたくが、無いものは無い。


「そりゃ災難だったねえ」


「どうしよう……歩いてだとここからどれぐらいかかる?」


 同情してくれるハンナにレイチェルは尋ねたが、答えてくれたのはニコルの方だった。


「歩いてか……一週間はかかるんじゃないか?」


「そ、そんなに!? どうしよう……」


「安心してレイチェルちゃん。俺が君をそこまで送ってあげるから」


 ぱっと彼女の表情が明るくなる。この際相手が変態でも贅沢は言ってられない。


「本当?でもどうやって……」


「ニコル、貴様の趣味の悪い車を貸せ」


「殺すぞこの野郎」


 青筋を立てるニコル。だがそこにリリーが口を挟む。


「でもあれ、魔獣に吹っ飛ばされてぶっこわれてたよ」


「何だと_!?_ならばハンナ、この際貴様ので構わん、キーを貸せ」


「やだよ、あんたに預けるのなんて」


「貴様ら……レイチェルちゃんが可哀そうだとは思わんのか!?」


「待ちなよ、何も送らないとは言ってないじゃないか。アタイが運転して乗せてってあげるよ」


 だが、レイチェルの表情がどこか冴えない。今はもう日常を取り戻した道路に目を向けて尋ねる。


「えっと……車って、あの走る鉄の塊のことだよね?」


「そうだけど、嫌なのかい?」


 ハンナが怪訝な表情を浮かべるが、レイチェルは慌てて否定する。


「う、ううん?そんなことない。でも本当にいいの?」


「勿論だよ、これも何かの縁だからねえ」


「助かる……ありがとう、恩に着るよ」


「イェルヴァか、久しぶりだな。ウチも一緒に行くわ」


「リリー行ったことない!」


「ならせっかくだからリリーも一緒に来な」


 ニコルの提案にリリーは喜んだが、ルタがそれに異を唱えた。


「何を言う!これ以上人数が増えたら狭くなるだろうが!乗客は俺とレイチェルちゃんだけで充分だ!」


「なんであんたが一緒に来る気満々なんだい?」


「お前、ついさっき里から出ないって言ったとこだろ」


「そんなこと言った覚えなど全くない」


 ルタはしれっと言ってのける。


「あんた、矜持がどうのこうの言ってたじゃないか。里を出ないのはここの女の子達を諦めたくないからなんだろ?」


「俺は恋人のいる相手にいつまでも未練を引きずるような男ではない」


「道場のことはいいん?」


「妹がおる。あいつももう一人前だ」


「身勝手な奴め」


 呆れ顔でため息をつくニコル。


「フェルゥレ、本当に良いのかい?こいつ連れて里を出ても」


「わたくしは、特に禁じて、いるわけでは、ありません、が……」


「あれ?ルタは大婦長に怒られるのが嫌だから出ないって言ってたよ」


「それはまだ、未熟な時分の、話です。もう既に、皆伝したと、聞き及んで、ますし、止める理由は、ありません」


「ほら見ろ」


「いやお前がビビッてたんだろーが」


 胸を張るルタはニコルのその突っ込みを完全無視する。


「ただそれでも、婚前の……それも婚約者が、いる身で、そのような不純、異性、交遊は……」

「私は交遊する気全くないですから!というか別に彼が来なくても何ら問題無いというか、むしろその方が助かりますから!」


 やばくてでかいメイド服の言葉を遮るようにしてレイチェルが声を張り上げた。


「ほら見ろ、愛しのレイチェルちゃんがこう言ってるんだ。お前は残って里の女のケツでも追っかけまわしてろ」


 ニコルがそう言ったが、それにハンナが前髪をいじりながら眉を寄せる。


「それはそれで里の子が可哀そうだし、フェルゥレはフェルゥレでちょっと古風過ぎるよ。単にこの子を送りがてら都まで遊びに行くだけじゃないか?」


「大婦長大丈夫だって、そんなことにはならないから。リリーが保証するって」


 どんっと豊満な胸を叩くリリー。いざという時はこの子が守ってくれるというのだろうか。


「よし決まりだな。多少気に入らんが今回は特別にお前らがお供に付いてくることを許可してやろう」


 何故か偉そうなルタに、ハンナが眉を潜める。


「誰の車だと思ってるんだい?誰の」

「細かい事を気にするな」


 そんなルタを尻目に、ニコルがレイチェルの肩に軽く触れる。


「なああんた、本当に良いのか?あんたが嫌だって言うんなら縛り上げてでも置いていくけど?」

「わ、私は送ってもらう身だから、文句なんて言えないよ……」

「ほら見ろニコル、これが貴様とレイチェルちゃんとの器の差だ」


 ニコルはぽりぽりと頭を掻いた。


「……まあ、あんたが良いって言うんならそれでいいさ。こいつも多少は外の世界を見とかなきゃいけない頃合いだと思ってたしな」


「ニコル、ツンデレ?」


 にやにやするリリーを睨みつけるニコル。


「アホか、こいつ一人行かせて迷惑かけるよりはウチらが一緒にいた方が何とかできるだろって、それだけの話だよ」

「親か貴様は、えっらそうに」

「てめーの親がまともに教育してくれていれば、ウチらがこんな気遣いする必要もなかったんだけどな!」


 睨み合う二人を他所に、リリーはフェルゥレに尋ねる。


「大婦長も来るん?」


「いえわたくしは、この里を、離れるわけには、参りませんから」


「こんなでかいのが乗れるわけなかろうが」


「まあ……それはそうだねえ」


 珍しく正論を言うルタにハンナも同調した。


「それに色々と、後片付けも、ございますし……」


 そう言うと彼女はちらりと横を向いた。焦点が定まっていないせいで何を見ているかまでは判別できないが、心なしか少し震えているようにも見える。被害にあった町に心を痛めてるのだろうか。


「ああ!すみませんすみません私のせいで!そうですよね、私が魔獣を引き連れてこなければこんなことには……」


「いえ、この程度の、魔獣ならと、たかを括っていた、わたくしの、判断が、誤っていた、だけのことですので、あなたの、責任では、ありません」


「そうだよレイチェル。全然弱っちいのばっかりだったし気にすることないって」


 リリーもそうフォローを入れてくれた。その隣ではうんうんとニコルも頷いている。


「そうそう、せいぜいウチの車をオシャカにされたぐらいだ。全然問題なんかねーよ」


「ごめんなさいごめんなさい!弁償したいけど持ち合わせがありません!」


「相変わらず貴様は性格悪いな。よく顔つきに出ておるわ」


 ルタの嫌味にまた目つきが悪くなるニコル。


「んだと?」


「いや普通に絶世の美女にしか見えないんだけど」


 だがレイチェルの言葉に、にやっと笑みを浮かべる。


「ほら見ろルタ、これが普通の反応ってやつだよ」


「レイチェルちゃん。こんな凶悪顔に優しさは無用だよ。君の方が何百倍も可愛いさ」


 そうは言ってくれるものの、大きく手を振って否定せざるを得ない。


「いやいやいやいや……ハードル高すぎだから……マジで。正直こんなことでもなきゃまともに話しかけられないほどだよ」


「やー、確かに可愛いな!レイチェル。ウチら仲良くなれそうだよ。安心しな、このバカが暴走してもウチが何とかするから」


 ニコルが上機嫌にレイチェルの頭を撫でる。


「あ、あはは……」


「無駄話はその辺にしてそろそろ出発するよ。アタイんちまで車取りに行くからついてきな」


「では、わたくしも、これで……」


 フェルゥレが静々とその場を去っていき、各々が適当に別れを告げていた。


「あ、そうだ」


 と、リリーが何かを思いついたようだ。


「なんだい?まだ何かあるってのかい?」


「みんなちゃんとレイチェルに自己紹介しとかない?リリーはリリーって言うんだ。よろしくね」


「そうだねえ、アタイの名前はハンナ」


「ウチはニコルだ」


「もうみんな知ってると思うけど、私はレイチェル。主神ドルチロの神殿で神徒をやってる。これからしばらくの間、よろしくお願い」


 レイチェルは一人ずつ握手を交わしていく。実際は少しの間だけの関係だろうが、この不思議な縁を、繋ぎとめていくかのように。


「そしてボクがルタ、君の将来の夫さ」


 だが最後のその男とは、触れ合いを拒否したが。

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