第8話 変

「ねーねー、レイチェル?ところでレイチェルはどうやってここに来れたん?」


 神が見えなくなっても視線も姿勢も崩さないレイチェルに痺れをきらしたかのように、リリーがそう彼女の顔を覗き込んでくる。


「え?」


 レイチェルは半ば強制的に現実に引き戻されはしたものの、彼女の言ってる意味が理解できず首を傾げた。


「だって魔法が使えなくなったんでしょ?普通に空でも飛べるん?」


「あ、それは魔法陣を使ったの」


「まほうじん?」


 大柄な女がきょとんとする。


 レイチェルは胸元から一片の紙片を覗かせた。


「そう、緊急脱出用の。神の思し召しで運よくこれを持っていたから何とかあの場から切り抜けられた……と思ったんだけど」


「まさかここまで追いかけられるとは思ってなかった、というわけか」


 代わりに続けたニコルに、神徒は頷いた。


「言い訳がましいかもしれないけど、私がここに飛ぼうと思ったわけじゃないの。一応安全に着地できる場所に運んでくれるようにはなってるんだろうけど、肝心の飛ぶ先までは指定できないみたいだから。どっちにしろそんな余裕もなかったしね」


「で、あんたにとってはここに飛ばされたことは、どっちだったんだい?」


 ハンナが苦笑気味に訪ねてくる。その意味を察したレイチェルもまた、苦笑いを浮かべた。


「ま、まあ、結果的にはわけだし、魔法が使えなくなった理由もわかったから、プラマイゼロってとこかな」


「それぐらいあのアホのマイナス要素が大きかったってわけだな」


「あ、あはは」


 鋭いニコルに、レイチェルは笑ってごまかす。


 と、ここで最も身長の低い者が最も高い者に物申した。


「ところでフェルゥレ、あんた一体いつまでルタを咥えてるつもりだい?いい加減離してやらないとさすがにそろそろ死ぬんじゃないかねえ?」


「そう、ですが……良いの、ですか?レイチェル、さん?」


「わ、私ですか?」


 ヤバそうなのに話を振られ、あからさまに挙動不審となるレイチェル。


「あなたが、お困りに、なると思って、この子を、抑えつけているつもり、なのですが」


「……えーっと」


 彼女が困っていると、ニコルがにやにやしながら代弁する。


ねえさん、レイチェルさんがお困りのようだからそのまま息の根を止めてやってくれ」


「そう、ですね。そう、しましょう」


 メキメキと、あたかも骨を軋ませているかのような嫌な音が。


「あー!待って待って!もう大丈夫、大丈夫ですから離してあげてください!」


「おー、レイチェルってば優しい」


 と、リリーが言ってくれるが、さすがに死なれるのは寝覚めが悪いだけなのだから褒められるようなことでもない。


「あなたが、そう、仰るのなら……では、失礼して」


 ぺっ


 どさっ


 吐き出されたルタはそのまま地面へとうつ伏せで倒れこみ、ピクリとも動かない。意外にも、ずっと口腔内にいたはずなのに唾液一滴付着している様子もなかった。


「死んだ?」

「死んだか?」

「死んだねえ」


「お、おーい……大丈夫?」

「勿論大丈夫だよレイチェルちゃん!心配してくれてありがとう!」

「ひいっ!?」


 レイチェルの声にだけ反応し、ルタがいきなり飛び起きた。


「生きてたねえ」

「ち、死んでろよ」

「ルタ、お帰りー」


「おい、大クソババア!貴様、よくもやってくれたな!」


 と、フェルゥレに元気いっぱい吠えるルタ。


「あなたが、彼女達の、話の邪魔を、するからです」

「レイチェルちゃんを泣かせた貴様に言われる筋合いはない!」

「君、違うの。あれは何かされたってわけじゃないから!」

「……そうなのか?レイチェルちゃん」


 目を丸くするルタに、彼女はこくりと頷く。


「そうだよそうなんだよ、あれは私が神に見捨てられたわけじゃないとわかって……」

「だとすると俺との出会いで感動の涙を流していたということだったのか!これはすまない、気が付かなくて」

「人の話を聞く耳がない上に視点がすごく自分本位!?」

「そこまで俺のことを想ってくれていただなんて……わかった、すぐに結婚しよう」

「ああ夢であってほしかったよあのプロポーズ!」


 と、そんなやり取りを見ている三人娘がぽかんとしている。


「何だかこの子、意外とノリがいいねえ」

「神さんが居る時と感じが違うな。早くもルタに毒されたか可哀そうに」

「レイチェル面白い」

「お友達のみなさん!? 私のことよりこの人なんとかしてくれませんか!?」


 だが咎めてくれたのは一番敬遠したいやばそうな人だった。


「ルタ、いい加減に、しなさい。この方が、お困り、ではないですか」

「やかましい!人の恋路を邪魔するな!」

「今まさに私の人生設計が邪魔されそうなんですけど……」


「大体、あなた、婚約者が、いるでは、ないですか。それなのに、他の女性と、夫婦めおとになるなど、どういう、つもりですか?ここは、一夫、多妻制では、ないのですよ」

「え、まさかのフィアンセ持ち?この人が?冗談でしょ?」

「「「本当」」」


 三人組が口をそろえた。レイチェルの口があんぐりと開かれたままになる。


「ここにきて、一番の衝撃……更新、ですわ……」

「だろうな」

「だろうね」

「だろうねえ」


 腕を組み難しそうな表情を浮かべるルタ。


「ふんっ、あんな勝手な約束に従う義理など俺にはない。俺はもうレイチェルちゃんと結婚すると心に決めたのだ」

「決めるのは心だけにしてね。現実に持ち込まないでね」


「本気、なのですか?」

「勿論だ!」


 ルタはフェルゥレに断言する。


「いやだから私の気持ちは!?」


「……これは、困り、ましたね」


「お願いですよ~、当事者を蚊帳の外に置かないでくださいよ~」


 卑屈な態度を取り出す彼女を見るに見かねたのか、ハンナが助け舟を出してくれた。


「ルタもフェルゥレもいい加減にしてあげな。彼女、さすがに見てらんなくなってきたよ」


 といいつつも、彼女は少し笑っているのだが。


 そしてそれは他の二人も同じだった。


「ウチはもうちょっと続けて欲しいけどな。なんか面白い」


「リリーもリリーも!」


「お客さん達、もう店じまいにさせてもらえませんかね?」


 こびへつらった調子でレイチェルが彼女達に懇願する。


「はは、やっぱりおもろいな、あんた。変な奴だよ」


 ニコルからの衝撃の一言。レイチェルは顎が外れそうになる。


「へ、変!? 私が!? 冗談でしょ!?」

「「「本当」」」


 ハンナ、ニコル、リリーの三人が声をはもらせた。


「私の正直な気持ち、伝えるね?……あんたらに言われとうないわ!」


 笑い転げる三人組。


「ほんっと、良いキャラしてるねえ」

「ウケを狙ってんのか?だとしたら成功だよ」

「あはははははっ!あはははははっ!」


 顔を紅潮させ笑う三人組に対し、レイチェルも恥ずかしさで耳まで真っ赤にして反論する。


「そんなつもりはこれっぽちもないよ……だけどあなたたちが変なこと言うから……」


「変には変で返すってのかい?なるほどねえ」

「おいちょっと待てよ。他はともかくウチは普通だろ」

「ニコルはそのヒョロデカなだけで充分変だって」

「薄汚れたボロキレ一枚のてめーには言われたくねーよ」

「全く、貴様らよくそれで恥ずかしげもなく生きていけるよな。この変人どもめ」

「「「お前がダントツで一番だよ」」」


 今度はハンナ、ニコル、レイチェルの三人が声をはもらせる。リリーは笑ったまんま。


「何故だ……こいつらはともかくレイチェルちゃんまでそんな事言うなんて……」

「言われると思えよ!思えないからそんな性格なんだろうけど!」

「お、おのれ。貴様らが変な事をいうからレイチェルちゃんが誤解してしまっているではないか!」

「なんでアタイたちのせいになるんだい?」

「ていうか誤解じゃないだろ」

「あはははははっ!あはははははっ!」


 相変わらず笑ったままのリリー。残り四人の不毛なやり取りは、今しばらく続くことになる。

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