第6話 降臨

 いつの間にか、あれだけいたはずの魔獣が姿を消している。そして消えているということは、煙と化したということだろう。つまり、完全に絶命したのだ。


「やれやれ、酷い目にあったねえ」


 小柄で太めの女性が近づいてきた。手に袋状のものをかかえているが、バッグだろうか?


「でもちょっと良い運動にはなったかな?」


 露出の激しい筋肉質の女性がいつの間にか近くにいた。全身がかなり汚れているが、気にしている様子はない。


「なああんた、災難だったな」


 恐ろしく長身で信じられないほど美しい顔をした女性が気さくに声をかけてきた。そこで彼女はハッとする。


「ご、ごめんなさい!私のせいでこの町に魔獣が……」


 そう、魔獣は消えても町に刻まれた破壊の跡は消えない。幸か不幸か、人々には大した被害がなかったようだ。もっとも、建物等建造物に関してはその限りではないようだが。


 ふと、メイド服を着ている女性たちが右往左往している様子が目に入り、彼女は余計に居た堪れない気持ちになる。


 そんな彼女の気も知らず、長身の美女は忌々しげに例のナンパ師を蹴飛ばした。


「まあ、魔獣そっちもだけど、ルタ《こいつ》もな」


 彼女の足が的確に男の臀部でんぶをとらえたが、体自体は微動だにしなかった。が、これで男のナンパ行為つきまといは一時中断する。


「何をする、ニコル。人の恋路を邪魔するな」

「時と場合ってもんがあるだろうがよ、相変わらずイカレてやがんな」

「そうだよルタ、求愛するんならまず目の前の魔獣倒してからにすりゃ良かったのに」


 筋肉質の女性がルタと言う名の変人に笑いかけた。すると彼はここに来て初めて戸惑いの表情を浮かべた。


「何だとリリー、魔獣とは何のことだ?」

「……っ、あっはっは!ルタらしいや」


 一瞬間を開けた後、リリーと呼ばれた筋肉質の女性は腹をかかえて笑い出した。ニコルと呼ばれた長身女性も眉をひそめる。


「マジかお前、やっぱ頭沸いてんな」


「え、どういうこと?」


 彼女は思わず呟いた。これにずんぐりむっくりの女性が答える。


「こいつ女性に目がない奴でね、どうやら魔獣を見る目まで失ってたみたいだねえ」

「そんなことある!?」

「失礼だぞハンナ、そんなわけないだろう」


 ハンナと呼ばれたぽっちゃり女性にルタが眉間に皺を寄せる。


「だよね、さすがに……」


 そんなことあるわけないよね、よそ者である彼女はそう言いかけた。が、それより先に、男が予想の斜め上のことを口走る。


「女だからではない、彼女だから目を奪われていたのだ!事実お前らのことも全く見えてなかったからな!っていうかお前らむしろ魔獣寄りだもんな!」

「うるせえ変態」


 ニコルと呼ばれた女性が再びルタに蹴りを入れる。が、はやり彼は微動だにもしない。


「な……なんなのこの人」


 彼女は困惑を極めていた。他の三人もなかなかパンチの効いたキャラクター揃いにもかかわらず、ルタはそれを軽く圧倒していた。

 彼女が今まで積み重ねて来た良識が警鐘を鳴らす。この男と関わってはいけない、これまで通りの人生を歩みたいのであれば、と。


「レイチェル・ベアさん」


 その時、天の助けとばかりに上空から彼女の名前を呼ぶ声がした。そこで彼女――レイチェルは再び我に返る。


「は、はい!」


 彼女の前に降り立ったのはサークレットを装着した姿の壮年男性、いやその姿をした存在だった。


「へ~、おじょーさんの名前レイチェルって言うんだ?すっごい可愛い名前だね!」


 ルタの満面の笑みが彼女の鼻先まで近づき、レイチェルは思わず表情をひきつらせる。


「あ、ありがと……」


「で、おっさんは一体誰だ。レイチェルちゃんにまとわりつく怪しい奴め」

「どの口が言うか」


 三度ルタのケツを蹴るニコル、動じないルタ。舌打ちしたニコル、仲間に目配せするニコル。


「周りは見えるようになったみたいだけど、自分のことはまだ見えてないみたいだねえ」


 ハンナが猫のように目を細めて小さく息をついた。


 と、地面に降り立ったその男性がレイチェルに向かって一礼する。


「……私は主神ドルチロが従神、課超ヘッドのブルーノと申します。あなたにお詫びに参りました」


 その男性――いや、姿の神は失礼なその男に若干気を取られていたようだが、その気を取り直しレイチェルに自己紹介した。


「え!? ヘッドって……課超かちょうさんがわざわざどうして!?」


 驚くレイチェル。


「そうだそうだ!レイチェルちゃんにあやまヴッ!」

「えええええええ!?」


 驚愕するレイチェル。ルタがケツを蹴られるのはこれで四度目、但し蹴り飛ばされるのはこれが初めて。彼は吹き飛び建物に激突、町の損害がまた一つ増える結果となった。


「あ~、スッとした!」

「お役にたてて何よりだよ、リリー」


 今回足を出したのは先ほど彼女から目配せを受けていたリリーだった。ニコルは彼女の頭を撫でて労わる。


「ちょ、ちょっと……!?」


 慌てるレイチェルを他所に、この場にいる面々どころか町の人も大して気にしている様子はなかった。

 もっとも、建物の所有者と思わしき人物に関してはその限りではなく、突然飛び込んできた人間爆弾に対して上げている怒りの声が聞こえてくる。


「うちのバカが邪魔してすまなかったねえ、気にしないで話を続けておくれ」


「そういうところなの?ここって……」


 彼女は釈然としないものを感じながらも、とりあえず受け入れることにした。こういうこともまあ、世の中に無いわけではないのだろうから。


「……よろしいですか?」


 神から催促の言葉、但し特に気分を害した様子は見受けられない。若干戸惑っている様子ではあったが。


「あ、はい!すいません!」


「いや~、謝るのはこちらの方ですよ。こちらの手違いであなたに多大なご迷惑をおかけしました」


 神はレイチェルに対し、急にぺこぺこと頭を下げだした。


「え、え、え~!? ちょっと課超かちょうさん、止めてください!一体どういうつもりですか!?」


「レイチェルさん、先ほど我々との契約が適切に履行されなかったということはありませんでしたか?」


 彼女には思い当たる節があった。


「……ひょっとして、魔法が使えなくなった事、ですか?」


 ブルーノはこれ以上無く申し訳なさそうな表情を浮かべる。


「そうです。いや~、あなたの担当にトラブルがあったようで上手く〝神絆キズナ〟が作用しなくなったみたいなんです。ほんっと申し訳ありませんでした」


「……」


「……レイチェルさん?」


 絶句したままのレイチェルに、ブルーノが心配そうに声をかけた。


「……よ、よ」

「よ?」

「お、おい大丈夫か?」


 ブルーノだけでなく、傍から見てたニコルまで心配し始めるほど、レイチェルの様子はおかしかった。


「……良かったあああああ」


 暫く溜めた後、レイチェルは全身で安堵を表現した。顔もちょっと涙目になっている。


「レ、レイチェルさん?」


「私、てっきり何か変な事をしでかしたとばかり……良かった、本当に良かった」


「い、いえいえ。それは何も。こちらの……その、技術的なトラブルが原因ですから」


「そんなことあるんですね、びっくりしましたよ。あー、でも本当に良かっ……」


 レイチェルは涙を拭っていた。必然的に、一時視界が奪われる事になる。その一瞬の間に、それは起こった。


「この里を、ご存じ、ありませんか?神界の、方よ」

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