第4話 飛来

 かが彼らのすぐ横を通り過ぎ、着地する。


 ギャリギャリギャリッと、道路との摩擦音。幸いにも障害物になりそうなものはたいしてなかったようだ。数メートルほど道を削った後に、ようやくその物体は止まる。


「……おいおい、何事だよ」


 ニコルが呟いた。近くにいた人々もざわめいている。


 しばらくもしないうちに、土埃なのか水蒸気なのか、何者かを一時的に覆っていたもやが晴れた。


 そこに居たのは若い女性。身長は百六十センチ半ばほど、健康的な太ももを惜しみなく披露するかのような短めなスカートを着用しているせいで、その下に履いている黒の一分丈スパッツが風に煽られちらりと覗く。

 だがその姿は背面から窺い知ることはできない。何故なら彼女は膝付近までを覆った赤と白の太い縦縞服を外套コートのように羽織っているからだ。

 その背に描かれたるは何やら幾何学的な模様。まるでその上に浮かんでいるかのように、栗色のセミロングがなびいている。

 彼女は前髪を掻きあげた。その顔は幾分精悍せいかんであると同時に、やや愛嬌もある。眉はキリッと吊り上がっている一方、茶色の瞳を内包する目そのものは少し垂れがち。鼻筋はすっきりと通っていて口は大きめ、だが唇は薄い。


「逃げて!」


 所持していた剣を自分が飛んできた方向に構えながら彼女は叫んだ。


 飛んできたは彼女だけではなかった。多くのが、彼女の後を追うようにして飛来してきたのだ。


「くっ!」


 膝上までをすっぽりと覆う黒のブーツで強く地面を蹴り上げ、彼女は慌ててその場から飛び退く。同時にその場所に勢いよくが衝突し、道路が損壊した。その後も同様には衝突し続ける。


「あああっ!? ウチの車が!」


 のうちの一体がニコルのオープンカーに激突し、吹っ飛ばした。彼女の愛車はゴロンゴロンと、道路上を横回転する。


「アハハハハハッ!車がっ!転がってる!ギャハハハハッ!」


 情けない声を出したニコルを尻目しりめにリリーが腹を抱えて大笑いし出す。


 彼女は恨めしそうな目をリリーに向けたが、に気付いて彼女と距離をとった。小柄な女性も同様の行動に出る。


「アハハハハハッ!ひぃ~お腹痛い!車が、お箸みたいに、転がって、煙吹いギャウッ」


 リリーの言葉は最後まで続かなかった。今度は彼女自身が他のに吹き飛ばされたからである。ゴロゴロと派手に転がった後、建物と衝突しドッカンと盛大な土煙を上げた。


「人があんなに笑い転げるところ、アタイ初めて見たよ。よっぽど楽しかったんだねえ」

「お役にたてて何よりだよ、リリー」


 そう言いながら、彼女が巻き起こした粉塵を眺めるニコルの表情はとても晴れやかだった。


 しかしそんなほのぼのタイムも長くは続かない。辺り一面隕石のように相変わらずが降り注ぎ続けるのだから当然の話である。


「で、これは一体何なんだい!?」


 ハンナが頭を抱えながら逃げ惑う。


「見たところ魔獣のようだけどな」


 一方のニコルは余裕ありげにゆるりと動いていた。歪な翼、巨大な鉤爪、鋭い牙を持ち合わせた異形の者が雨あられの状況であるにもかかわらず。


「何だってここに魔獣が降ってくるわけさ!?」

ねえさん、寝てたんじゃねーのか?」

「そういうこと言ってるんじゃなくってねえ……」

「なら、あの都合のいい女が連れてきたんだろ」


 と、ニコルはあごで飛来してきた女性を指す。


「一体何しにだい?見たところ、この里を襲いにやって来た侵略者って様子じゃないけどねえ」


 確かに、魔獣の多くはその女性に照準を合わせているようであり、彼女もまた剣で魔獣と渡り合っている。この点から鑑みれば、飛来してきた女性の黒幕説は否定されているように見えた。


「だからのためだろ。いや、案外、あの女自身のためなのかもな」


 いずれにしろ、剣を振るう女性に近づくのは魔獣だけではなかった。更なる厄介なもまた彼女を狙っているのである。


「そんなこと、あるわけないだろ?」


 ハンナは眉をしかめるが、ニコルは皮肉げに笑う。


「だってタイミング良すぎじゃねーか、いくらなんでも」

「運が悪すぎ、の間違いなんじゃないのかい?」

「少なくとも死ぬことはねーよ、死ぬことはな」


 見ると、建物に突っ込んだ仲間の一人が既に仁王立ちしている。もくもくと立ち上る土煙の中、さも楽しげに笑みを浮かべながら。


「死んだ方がマシって、思わなきゃいいけどねえ」


 ふくよかな女性はそう呟きながら、自身も


「ま、ウチらもちょっとはしてやるか」


 金髪が、ふわりと舞ったように見えた。


「どっちに対して、だい?」

「どっちに対しても、だよ」


 魔獣が狙っているのは主にあの女性だ、それは間違いない。だが、魔獣を狙っている者が彼女だけとは限らない。


 そしてケダモノが、ついにその毒牙を、彼女に剥いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る