第2話 里
ドタッという音と共に、若い男が道路に突っ伏した。右頬を地面に圧しつけ、くの字に
そんな彼に向けてクラクションが鳴り響いた。
「邪魔だバカ、とっととどけ」
「あはは!なにその恰好!」
「あんたも懲りないねえ」
三者三葉の声がオープンカーから。全てが今まさに車の進行を邪魔して寝そべっている男に向けて放たれた言葉である。
「やかましい、見世物ではないぞ」
彼は同じ姿勢のまま顔だけを声のする方へと向けた。
「お前が勝手に公道で
車を路肩に寄せた後、運転席の女性が降りてきた。
煌めくような金髪のワンレングスが腰まで伸びているが、それでも地面に突っ伏したままの彼には届かない。
それほどまでに彼女は長身、二メートル(*この作品は単位のほとんどを現実社会に自動換算した親切設計でお送りしております)を軽く超えている。
小さな頭部、とがった耳、切れ長の目、そして彫刻と見紛うほどの美貌。そんな彼女の宝石のような碧眼が彼を見下す。
深緑のワンピースが足首あたりまで彼女のおみ足を覆っていたが、腕はほとんど露出していた。
透き通るほどの白い肌だが、とにかく細い。というか、全身か細く厚みが無い。胸のふくらみはほとんど確認できず、
「ふんっ!ニコルよ、貴様のその貧相な体の方がよっぽど醜エッ!」
男の暴言の最後がおかしいのは、顔面を彼女――ニコルに踏みつけられたからだ。
「またフられてたねー」
降りてきた女性、二人目。
身長はニコルよりも少し低めだがそれでももう少しで
相当な筋肉質で褐色の肌。ほぼ下着ではないかと思えるほどの際どいベージュの……というか薄汚れたタンクトップは、彼女の小さな頭と同等なほどの大きなふくらみ二つを申し訳程度に覆い隠している。
腹部は露出したままだが、バキバキに割れた腹筋が防御の不要性を物語っていた。
巨大な臀部を覆うホットパンツの下には強靭な脚がすらりと伸びているが、どういうわけか裸足だ。
いかつい体つきに反して顔つきはやや柔らかい。邪気の無い目に大きな口。赤毛のショートでかなりの癖毛、まるで動物の耳のように側頭部の辺りがはね上がっている。
「失礼だな、リリー。何故決めてかかる?上手くいったかもしれんではないか」
男がニコルのサンダル越しにその女性――リリーに強がった。
「上手くいった人間がなんで彼女じゃなくって
最後に降りてきた女性が呆れた顔でため息をついた。
かなりの小柄、先ほどまでの二人とは打って変わって百四十センチに届いているかどうかといったところだろう。
青みがかったミディアムボブには強いウェーブがかかっており、毛先のいじりがいがありそうだ。
丸い頭、丸い輪郭、ぱっちり大きなおめめに太い唇。唯一鼻筋だけがこのキャンバス上でやや細身である。
体格はというと、リリーよりも豊満なバストにでかいケツ、所謂
その一方くびれもしっかりあるため大小様々なボールが五つくっついているようでもある。彼女は降車時にボディバッグのようなものをたすき掛けに背負ったため、その様相が余計に強調されていた。
他の二人と違って服装は幾分まともだ。ちゃんとしたジャケットにちゃんとしたガウチョ型のパンツ、何よりちゃんとしたブーツをちゃんと履いている。
「決まってるだろ、ハンナ。彼女に誠意を示したまでだ」
ルタと呼ばれた若い男はようやくのっそりと立ち上がった。
背丈は百七十センチ半ばほど、細身ながらも筋肉質で、背筋はすらりと伸びている。
服装は普通のティーシャツにズボン型のボトムス、靴はスニーカーを履いていた。
髪は黒く長さは耳にかかるかどうかと言ったところ、顔つきは……それ自体には特徴らしい特徴は無いのだが、さっきと今とで全然違うところが特徴と言えるかもしれない。女性を見送っていた時はこれ以上なくしまりのない顔、今はむすっとしたしかめっ面。相手に応じて態度をころっと変える、そんな青年のようだ。
「それのどこが誠意なんだい……」
呆れるハンナに、ルタが得意げに言う。
「あの子のためなら地面も舐められるというわけだ。本当は靴を舐めたかったんだけどな」
「キメェ、死ね」
口の悪いニコルがあからさまに顔をしかめながら、ルタの頭をわしゃわしゃかき回す。
「あれ?ルタってそういうのが好きなん?」
「……冗談に決まっとるだろ」
目を真ん丸にして驚くリリーに、ルタはバツが悪そうに答えた。
「な~んだ。ちょっとだけ見えてたけど、抱きつこうとしていなされたんだよね?」
「だっせ、ルタだっせ」
リリーのチクりにニコルが失笑する。
「ていうか女の子にそういう
「大丈夫だ。旅人のようだったからあと腐れはない」
太い唇を尖らせるハンナに、ルタは胸を張って答えた。
「普通に最低だな、お前」
ニコルがさらに顔をしかめ手により力をこめる。
「冗談に決まってるだろ」
ルタは忌々しげに反論すると、リリーが肩を竦めた。
「な~んだ、また冗談かあ」
「またどこかで会えるかもしれんからな。俺のこと覚えておいてもらわないと困る」
「あと腐れ残すのあんたの方かい」
「忘れられた方がどう考えても助かるだろ」
ハンナとニコルの突っ込みを無視し、明後日の方向を向きながらルタは感慨に浸りだした。
「ああ……可愛い子だったなあ」
「ルタの好みだったん?」
尋ねるリリーにルタはふんっと鼻を鳴らす。
「好みでない女の子などこの世に居やせん」
「だったら大人しくあの婚約者と結婚すりゃいいだろ」
「それだけは話が別だ!あいつと結婚せんために日々頑張っとるんだろうが!」
頭を掴む手を振り払いながらルタは憤った。
「何がそんなに嫌なんだい?」
深い青色の髪の女性に、ルタは意外そうな表情を受かべる。
「何がだと?そんなもん言うまでもなかろうが!そもそもあれは親が勝手に決めたことであって俺の意志が全く反映されておらんのだぞ!? そんなものに従うつもりなど毛頭ない!」
「ツンデレか」
「違わい!」
長身の金髪を見上げ声を荒げるルタ。
「ジーさんに連れていかれた時、ルタ荒れてたもんねえ」
「せいせいしとっただけじゃ!」
と、今度は笑うワイルドな赤毛を睨みつける。
「そうは言っても、もうこの里にはあんたのこと相手してくれる女性なんてもういないんじゃないかい?大体アタック済みだろ?」
「何を言うハンナ。最低でも誰かと上手くいくまで俺は諦めんぞ」
「何でいくと思ってんだよ、一生無理に決まってんだろバカ」
「何故だニコル!まだわからんではないか!?」
「わかれよ、いい加減!お前一体何万回玉砕してると思ってんだ!?」
ルタは一瞬数える素振りを見せたがすぐにやめた。
「……ふん、俺は騙されんからな」
「駄目だこいつ……」
「あはは、さすがルタ」
頭を抱えるニコルの横で、ケタケタとお腹を押さえるリリー。
里は今日も平和。昼のぽかぽか陽気が、彼らを優しく包み込んでいた。
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