だれだってマイ・ハニー（仮）

第1話 プロローグ

　彼女は追い込まれていた。

　こんなはずではなかった。敵の数が予想よりも多かったからではない、そんなことはまだ想定の範囲内だった。

　彼女は恐れていた。

　背後から、いや四方八方から敵は襲い掛かってくる。現状は剣を払うことで何とか対処できているが、それもいつまで持つかわからない。

　繰り返すが、数が問題なのではない。彼女を襲う、いや襲っている恐怖の源泉が他にあるのだ。幸か不幸か、だから彼女はこの期に及んでそれほど死を意識していない。目前に迫りつつある死などよりも、彼女にとっては遥かに重大な出来事が意識を奪っているからだ。

「うっ!?」

　背後からの衝撃、一瞬彼女はたじろいたが痛みは感じない。感覚が麻痺しているわけではなく、斬られたのが腰に掛けたバッグだったからだ。お陰で辺りに血をまき散らすことはなかったが、その代わりその中に入っていた〝荷物〟が一部散乱する結果となる。

「これは……」

　舞い散るそれらを見て、彼女は希（・）望（・）を見出した。敵の隙をつき、そのうちの一枚をかなぐり取ることに成功する。その獲（・）物（・）は残念ながら完璧な形を成しておらず、下の方が一部切り裂かれていたのだが、文字の状態を見る限り幸いにもそれはまだ活（・）き（・）て（・）いた。

　じっくりと確認する余裕はないが、おそらくこれで助（・）け（・）ら（・）れ（・）る（・）。彼女はそう確信した。いや、そう自分に言い聞かせた。

　彼女は信じたくなかった、自分の置かれた状況を。

　彼女は逃げ出したかった、自分に起きた事象から。

　だから彼女は合意する、それを実行させるための文言に。

「……お願い！」

　彼女は志向する、それが発動するための条件（キズナ）に。

　紙に書かれた文字列が怪しく光り始めた。

　彼女は祈る、彼女の信頼する盟友（パートナー）に。

「神よ！」

　そして彼女は飛び立った。勢いよく、何処（いずこ）へとも知れずに。