第35話「紡がれる真意」

「そのルートよりはこっちのほうが効率が良い。地図にはまだ載ってないが行商人達が開拓した行路がある。モンスターとのエンカウントも心配ないぜ」

「へえ、そうだったか……じゃあ、ここはこうだな……」

 今後の旅路の打ち合わせをするオルハとシータス。

 オルハの助言を元に地図に印を付けながらルートを練り直す。

「で、そっからはこっちだな」

「これは?」

「国境近くに武装した移民達が移動してきてる。革命軍のようだから下手に刺激すると攻撃されるかもしれない」

「そうか......少し遠回りになるが、仕方ないな」

 ぼやくような声を漏らしながらシータスは地図に線を引き直す。

 ただやはり、流浪の身であったオルハの情報は旅を続ける者にとってはかなり有益だった。

 新しい道、他国の情勢、どれもシータスにとっては得られにくいものだ。

「とりあえず、そんなとこか」

 オルハがテーブルの皿のフライドポテトを口に放る。

「うん、ありがとう。天候の影響も出てくるだろうからまたその都度訊く」

「ああ」

 シータスは地図をたたみながら席を立つ。

「じゃあ、俺はいったん宿に戻る」

「ああ……あ、ちょっと待ってくれ。シータス、手間取らせて悪いんだが時間が空いたら俺に剣の稽古つけてくれないか」

 オルハのこの申し出にシータスは一瞬、キョトンとするがすぐにニコッと爽やかに笑って

「ああ、分かった。じゃあまた後で合流しよう」

 そう告げると食堂を後にした。

 シータスのその後ろ姿を見ながら、オルハのそばにいた若者が呟くように漏らした。

「昨夜の戦いに参加した理由、訊かれなくて良かったっすね」

 オルハはこれに対してふんと鼻を鳴らした。

「化け物集団をぶっ倒してこの街のやつにたんまりと報酬を払わせようとした、なんて言えんしな。……実際、俺達じゃ倒せん相手だったし」


 宿に戻ったシータスはまず自分の部屋に帰る。

 ……が、リリアナはもちろんセインもいない。

 宿に戻ったと思ったが、二人ともまだ外を出歩いているのだろうか?

 反射的にコートハンガーに目をやると、セインのクロークがかかっている。

 ……そういえば一緒に出る時、クロークは着ていなかったな。

 シータスは上着をコートハンガーに掛けながら窓の外を見やる。

 さっきまで曇っていたが、少し雲の数が少なくなってきたようにも見える。

 ……多分、もうすぐ帰ってくるだろう。

 そういえば、アリスとラビアンはどうしているだろうか。

 夜が明けてすっかり元通り、なんて事はないだろうが……。

 イリヤの死を思い出すシータス。

 彼の遺体は街の人達と共に弔われたが、その胴体と首が切断された姿を目の当たりにした時はさすがのシータスも生前の彼を思い起こし涙が滲んだ。

 あの姿を恋人のラビアンも見たのだ。その衝撃は想像を絶するだろう。

 あれから魂が抜けたようになっていたが……少し様子を見に行ってみるか。

 シータスは彼女達の部屋を訪ねる事にした。

 

 部屋を軽くノックする。

「アリス、ラビアン、俺だ、シータスだ」

 ドアの向こうの返事を待っているとほどなくしてアリスが顔を出した。

「シータス?」

 小さくもらした彼女の目は少し赤かった。

 ……二人で泣いて過ごしていたのだろうか……。

「心配になったんで様子を見に来た。……あれからどうだ?」

 安心させるように優しい笑顔を向けながらアリスに問う。

 それに応えるようにアリスも弱くも優しく微笑み

「……だいぶ落ち着いたわ。ありがとうね、シータス」

 と小さく答えた。それを見てシータスも黙って頷く。

 その時、

「シータス、話があるから入って」

 奥にいたラビアンの声が届く。

 落ち込んで元気がないだろうと思っていたが、予想に反してはっきりとした口調だった。

 無意識にアリスの顔を見るが、彼女はもう内容を知っているらしい。

 しかし、気まずそうに目を逸らした。

 何か、ただならぬものを感じながら

「入るぞ、ラビアン」

 シータスはアリスと共に部屋に足を踏み入れた。

 ラビアンはベッドの上で足を抱えながら座っていた。

 ……部屋は少し散らかっている。彼女達の心を反映しているかのように思えた。

 シータスは一人掛けのソファに腰掛け、アリスは自分のベッドに腰掛けた。

「……それで、話っていうのは?」

 おもむろにそう切り出すとラビアンはシータスの目をまっすぐ見つめてハッキリと言う。

「セインさんのこと……あのひと……人間じゃないでしょう」

 彼女のこの言葉にシータスは眉をひそめる。

「……なぜ、そう思う?」

 ラビアンはふっと目を伏せ、ぽつりぽつりと話し始める。

「……最初から違和感はあった……見た目とか雰囲気とか、何か普通じゃないと……戦闘も人間離れし過ぎている。なぜセインさんだけ、かすり傷ひとつ負わないの、とも。そしてゾンビになったとはいえイリヤにも躊躇せず首を撥ねた……表情一つ変えずにね」

 脳裏に過ったか、ラビアンはぐっと歯を噛みしめる。

 アリスはまた泣き出しそうな顔で彼女の顔を見つめている。

 ラビアンは続けた。

「それに……やけに日光を浴びたがらないのも変だと感じた。顔も見えなくなるぐらいクロークのフードを深くかぶって……数日一緒にいるのにあのひとが日射しに照らされてるところを見た事がない。日光を極端に嫌うその姿はまるで……グールやゾンビを彷彿とさせる……そして、シータス」

 ラビアンは再び、シータスの顔を見つめた。シータスも目を逸らす事無く彼女の眼差しを受け止める。

「あなたは今の私の最初の問いに否定をしなかった。これで確信に変わった」

 二人は暫く黙って見つめ合っていたが、やがてシータスが諦めたような表情を浮かべながらふーっと深いため息を吐いて視線を落とした。

 その姿はまるで諦めたようでもあった。

「……隠していたわけじゃない。ラビアン、君が察する通りセインは普通の人間の身体じゃない」

 この言葉にアリスはその悲しげな表情を向けた。しかし何も言わずシータスの次の言葉を待っているようだ。

 シータスは何度か唇を舐めたり噛んだりしながら、やがて重々しく口を開く。

「……彼は、人間と吸血鬼の子……ダンピールという種族だ」

 ラビアンとアリスは顔をしかめた。

「……半人半吸血鬼?」

「……そういう事になる」

 ラビアンの問いかけにシータスは俯いたまま答えた。

 ラビアンとアリスが険しい顔を見合わせ、再びシータスの姿を見つめる。

「セインの母親はアールスト聖堂の修道女だった。たまたま大陸の国に渡って神官の仕事をしていた、その際に吸血鬼クローディスに誘拐され……彼女の肉体を散々弄び……そして死体を町の墓場に捨てた」

「うゎ……」

 痛ましい過去に表情を歪める二人。

「その時、既に彼女のお腹には命が宿っていた。……それがセインだ。不老不死の吸血鬼の血が混じるセインは息絶えた母から産まれた」

「……そ、それじゃあ……セインさんの父親は……クローディス……?」

 狼狽するラビアンの言葉に黙ってシータスは頷く。

「死体から産まれて……セインはその後、どうなったの?」

 痛むらしい胸をおさえながら今度はアリスが問う。

「町の人の依頼でオレオールからやってきたアンデッドハンターの男性に引き取られ、彼の元で育てられた。セインもまたアンデッドハンターの修行を積んで……今に至るわけだ。ちなみに育ての父親は年配だった事もあって数年前に病で亡くなった。以来、セインは城下町で一人で生きている」

「…………」

 想像していなかったセインの生い立ちに絶句するラビアンとアリス。

 特にセインに恋心のあったアリスはショックを隠し切れないようだ。

「……セインさんも日光を浴びると……死ぬの?」

 意を決したようにその言葉を放ったのはラビアンだ。シータスは首を振った。

「死ぬことはないが……脱水症状のような状態になる。大量に汗をかいたり、めまいや脱力感に襲われ動けなくなるそうだ」

「そういうこと……だから日光を避けてるんだね……」

 呟くように漏らすラビアン。そのそばで未だに沈黙するアリス。

「セインはダンピールだが、その体質以外は人間と同じだ。俺達と同じものを食べるし、酒も飲む。接し方は下手だが気遣いも出来る。だから……今まで通り接してやってくれ」

 胸に迫るようなシータスの声。

 セインと一番付き合いの深いシータスにとっては大事な友人の一人なのだろう、という事がうかがえた。

 いつも肩を並べている二人。

 アリスとラビアンは互いに顔を見合わせ、その内心を確かめ合うように頷く。

 そして

「……そうだね……今までは、何者なのかわからない不信感もあって怖い印象あったけどさ、セインさんはこれまで充分助けてくれた。イリヤの事も……あれで良かったんだ。これからも共に、最後の時まで戦うよ。……リリアナちゃんの事も大事にしてるみたいだしね」

 そう言ってラビアンはクスッと笑う。

『共に最後まで戦う』

 きっとイリヤも同じ事を言ってニッと笑いながら親指を立てたのだろうな、とラビアンにイリヤの面影を重ねて、シータスはフッと笑みを浮かべた。

 アリスもようやく表情を緩めて

「セインの事はこれまでもとても信頼して頼りにしきたわ。これからだって変わらない」

 穏やかな口調でそう答えた。

 シータスは彼女たちの言葉を聞くと安心した表情になり

「ありがとう……」

 と胸の不安も一緒に吐き出すようにため息交じりにそう漏らした。

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