第33話「炎の感情」
「オルハさん、メシ食わないんですか?」
食堂にたむろする元盗賊の若者達。昼飯をガツガツ食べながらも食の進まないリーダーを気に掛ける。
「ん?ああ……ちょっと昨夜のこと考えててよ」
オルハはフォークでステーキ皿に添えられているグリーンピースを雑に転がす。
それを聞いた他の若者達も会話に乗ってきた。
「ああ!あれ、あの女の子の魔法凄かったッスねー!怪我の治癒回復も上手かったし、雷の魔法もやべえぐらい強かったし!」
「ホントだよなー!雷がズガーンっつって!全然強そうに見えない可愛い女の子なのになー!」
「そうそう、あれカッコイイよなー!俺もあんな魔法使って、敵を蹴散らしてみてえよ。そんで女からチヤホヤされてえ!」
「バカかよ、お前!そんな頭だからお前はモテねえんだよ!」
その言葉に若者達が一斉に大声で笑う。
オルハはそれでもまだ一人ぼんやりとしたままだ。
「オルハさん?」
「ん?ああ……そうだな……」
オルハの隣に座る若者が声を掛けるが、上の空の返事。普段と違うリーダーの姿に気に掛かるものはあったが何やら考え事をしてるようだし、そっとしておくかと、それ以上声を掛けるのはやめておいた。
と、そこに。騒々しい若者達の耳に、食堂出入り口のドアベルがカランコロンと気品良く揺れ鳴く音が届く。
無意識にみんなそちらに目をやる。
「やあ、盛り上がってるみたいだな!」
爽やかに笑って手を軽くあげるシータスと、まごまごしているリリアナ、仏頂面を浮かべるセインの姿があった。
「シータス!それにリリアナも!」
先ほどまでの浮かない表情はどこへやら、オルハがパッと顔を明るくして立ち上がる。逆に何故か名前を呼ばれなかったセインは怪訝な顔つき。だがオルハはそんな事には気にもせず
「おい、お前ら!立て!」
と若者達に指示する。彼らも慌てて立ち上がった。身嗜みを整えている者も、口にしていたものを水を飲んで流し込む者もいる。
シータスら三人のほうは、何かするつもりなのかと黙って成り行きを見守っている。
そして
「昨夜は、俺達キャンロディを助けてくれてありがとうございました!」
オルハがそう言って頭を下げると、若者達も声を揃えて
「ありがとうございました‼︎」
と声を揃え、同じように深々と頭を下げた。
そんな様子を店内にいた他の客達が「なんだなんだ」と興味深げにじろじろ見ている。
「お、おいおい……こんな所でやめてくれ……!」
「皆さん、お顔をあげてください」
シータスとリリアナが慌てながらオルハ達に駆け寄ってやめさせる。
「皆さんも勇敢に戦ってらっしゃったじゃないですか。みんなの勇気がリッチの軍団を打ち破ったんですよ」
リリアナは安心させるようにニッコリ笑った。その笑顔に釣られて照れ笑いする者もいれば、その可憐さにうっとりとするする者もいた。
若者達の中には小声で
「マジで天使みたいだな」
「バカ、女神だよ」
などとひそひそ言い合っている者もいたが、こちらはオルハにしか聞こえておらず、オルハのわざとらしい咳払いによって彼らの会話は中断された。
「リリアナちゃん、一応紹介しておくよ」
オルハの咳払いをきっかけにしたようにシータスがおもむろに切り出す。
「彼がオルハ・マクティラだ。この若者達を率いていたリーダーで、我々の旅に同行する事になった。年齢は二十一歳でセインと同じだ」
セインにチラッと視線を移しながらオルハの紹介をする。
「オルハさんですね。私は昨夜も名乗りました通り、アールスト聖堂の修道士、リリアナ・フロイラインです。十五歳です。よろしくお願いします」
リリアナも丁寧に自己紹介をし握手の手を差し伸べる。
「ああ、よろしく!」
オルハもその手をとって握手を交わした。
その後ろでは若者達がまたも小声でひそひそと
「おい十五歳だって、やっぱスゲーな!」
「若くて可愛くて強いって最高かよ!」
「胸も結構あるぜ」
と、リリアナの事で盛り上がっている。その会話が耳に届いたオルハは
「おめーら‼︎いい加減にしねーか‼︎」
と怒鳴ると、彼らもシャキンと背筋を伸ばし
「はい、すんません‼︎」
と声を揃える。
「ったく……」
若者達を呆れた様子で睨むオルハ。
そんな様子に苦笑いを浮かべるシータス、びっくりするリリアナ、どうでも良さそうなセイン。
「あ……悪い……」
三人の表情にすぐに冷静になって気まずそうに謝るオルハ。するとリリアナがクスクスと笑う。これにつられたようにオルハも笑みを漏らす。その傍ら。
「オルハ。もう一つ伝えたい事があるんだろう?」
シータスはニンマリと笑いながら、近くの席に座って足を組む。そして片手で頬杖。
「…………?」
何か企みの見えるシータスのその姿に、セインは警戒するような顔で彼とオルハを交互に見やる。
何か嫌な予感がした。
そう言われたオルハの方はシータスの促しに、明らかに様子を変えた。先ほどまでの豪快さがやわらぎ、リリアナの顔を真っ直ぐ見ると口をキュッと結んだり、少し考えるように目を逸らして額に手を当てたり。
そのオルハの姿を若者達のほうはニヤニヤしながら見ていたり、聞こえないよう小声で会話している者もいる。何の前触れなのかセインにもなんとなく予想がつく。……そして。
「リリアナ、俺さ……君に惚れたんだ」
オルハのこの告白に
「えっ……?」
リリアナは驚きつつも顔を赤らめ、セインは険しい顔でオルハを強く睨み、キャンロディの若者達はニヤニヤしながら騒ついている。オルハはそんな周囲の反応に構わず更に告白を続ける。
「昨晩の君の姿を見て、俺は強く心を動かされた。今度は俺が君を守りたい。上手く言えないけどさ、俺が出来ること全部を注いでリリアナを守りたい、支えたいんだ。だから俺は君の旅に同行する」
「おい、シータス!」
我慢ならなくなったか、珍しくセインが声高くシータスにその苛立ちを向ける。予想通りなのかシータスは殆ど表情を変えず何も言わずに眉を上げ、とぼけたように首を傾げる。
「こんなふざけた奴を連れていくのか!」
「ふざけた奴って?」
「女に目を回した奴と同行なんて俺は認めんぞ!」
シータスとオルハを交互に睨みながらセインは怒るが、シータスの表情はまるで変わらない。セインのその反応も彼には予想通りなのだろう。
一方、セインの乱暴な言い草にさすがにオルハがムッとする。
「おい、あんた……」
言い返そうと口を開くと、シータスが立ち上がって手をかざして彼を制する。
そして笑顔のままウインクを送る。
俺に任せておけ、といったところだろうか。
オルハはその合図を見て口をつぐむ。
「惚れた女を自分の手で守りたい、一人の男として充分立派な動機だと思わないか?王に命令された俺達と違ってオルハは自分の意志で彼女を守りたいって言うんだ」
シータスの口調は滑らかでセインの厳しい眼差しに臆する事なく、それどころか挑戦的にも感じられる。「それに」とシータスは尚も畳み掛ける。
「このパーティーの責任者は俺だ。いいか、オルハに関しては元アドネシアの戦士、昨夜の勇猛果敢に立ち向かう戦い振りや、その大人数の若者達をまとめる統率力は、聖騎士団長の視点から見ても戦力的に申し分ないと判断した。既にイリヤという戦力を失った我々にとって危険と分かっている旅に同行を願い出てくれるのは有難いものであり、そして守りたい女性の為に戦いたいという心意気も拒絶し難いものだ。セイン、君の個人的な感情ひとつだけでは、オルハの同行拒絶という判断はない」
「…………!」
ぐうの音も出ないか、強い口調で紡がれるシータスの正論にセインは歯を食いしばり強く睨みつけながらも何も言い返せないでいる。
このシータスの気迫にセイン以外の人間は、圧倒され若者達のほうからは
「うわ、すげえなあの人……」
というため息に混ぜた感嘆の声が漏れる。
シータス、セインの二人の睨み合いが少し続いたが、とうとう何も言い返せないセインのほうが目を逸らし、舌打ちをしながら
「勝手にしろ!」
と、少し離れたテーブルの席に乱暴に腰掛けた。
初めて目の当たりにする感情的なセインの姿に困惑しながらシータスにも視線を送るリリアナ。そんな彼女に気付いたシータスはニコッと笑う。
「大丈夫だよ、気にしなくて」
なぜそんな事が言えるのか。リリアナの心配は消えず、再度セインの様子を伺うが顔を合わせようとはしないまま。険しい表情で何か考え事をしているようだ。
「オルハ、もういいのか?」
シータスが穏やかな顔を向ける。
「ああ、いや、もう一個だけいいか」
オルハがそう返すとシータスは「どうぞ」と呟く。
そして再び、オルハはリリアナを真っ直ぐ見つめた。リリアナも緊張した面持ちで見つめ返す。
「それで……リリアナ、旅が終わったらさ……俺と結婚してくれないか?」
「えっ……」
オルハの突然のプロポーズにリリアナは顔を真っ赤にして驚き、周りは「おお〜!」と声を上げてニヤニヤしながらどよめいている……セイン以外は。
「えっ、あ、あの、でも私、まだ十五ですし、結婚って十八からですし、いや、えっと、そうじゃなくて、ええっと、その」
リリアナはあわあわしながら、なんとか返そうとする。オルハは安心させるように笑みを漏らし
「もちろん、突然の事だし返事は今くれなくていいからさ……ちょっとずつ、俺の事を知って欲しいし俺も色んなリリアナを知りたいし。それに三年ぐらいならさ、俺は待つよ。だから、俺とのこと……考えておいてくれないか」
静かに優しく暖かみのある声でそう告げた。
すると、リリアナも先ほどより少し落ち着いた様子で
「あ……は、はい……」
両手でほっぺをおさえながら目をふせて、そう答えた。
オルハも顔を赤らめながら気恥ずかしそうに笑っている。
「あとさ」
「はい?」
付け足されたオルハの言葉にリリアナは顔を上げる。
「俺の事は『オルハ』って呼び捨てでいいから。言葉使いも丁寧じゃなくていいし……つか、やめて欲しいかな……」
穏やかな口調にリリアナも少しだけ微笑み
「わか……った。オルハ……」
ぎこちなくそう言うとオルハは嬉しそうに目を細め「うん」と頷いた。
この微笑ましいやり取りを周囲は終始ニヤニヤしながら見守っていた……そう、セイン以外は。
「赤毛の色男。話は終わったか?」
苛立たしく席を立ちながら話に割り込む。
どうやら我慢の限界らしい。
オルハのほうは、そんなセインに少しばかりムッとしながらも
「ああ、時間とらせたみたいで悪かったな」
と素っ気なく返した。
「リリアナ、シータス、出るぞ」
セインが二人を促すが、シータスは立ち上がらず
「俺はこのまま残ってオルハと順路の見直しをするよ」
そう告げるとセインが顔をしかめる。
「なんだと?」
「オルハ達は流浪の身だったからな。地形や近隣諸国の情報に長けている。彼らの情報を元に出来るだけ有利なルートを選びたいんだ」
「そいつらを信用するのか?」
「もちろんだ」
刺々しいセインにまるで動じないシータスの態度と返答。これ以上噛みつくのは幼稚だと判断したセインは、何も言わずに踵を返して食堂から出て行った。
ハラハラしながら見ていたリリアナはそんなセインの背中とシータスの顔を交互に見ながら戸惑う。
……あたしはどうすればいいの?
セインさんを追いかけたほうが良いんだろうけど……でも旅の打ち合わせをするなら、あたしも同席してた方がいいのかな……。
判断つかずオロオロと迷っていると
「リリアナちゃんはセインと一緒にいてくれるか?多分、あいつ寝てないから出来れば休ませてやって欲しいんだ」
優しくニッコリ笑ってシータスがリリアナを促した。
「あ、は、はい、わかりました」
リリアナは慌ててセインの背中を追って店から出て行った。
その様子を見届けるとキャンロディの面々は、席につき再び食事や酒に手をつけ始める。
リリアナの事について話題に出す者もいれば、オレオール王国の兵士になる事に触れる者もいた。
オルハはシータスの隣に腰掛け、彼の顔を覗き込んでささやくように
「セインってやつさ……もしかしてリリアナのこと……?」
と問うと
「さあね」
シータスはイタズラっぽい笑みを浮かべてとぼけてみせた。
「俺はそうにらんでいるけど、本人に自覚はないんじゃないかな」
「なるほどな……」
シータスの返答にオルハはため息を吐いて頭の後ろで手を組んで宙を眺めた。
「リリアナのほうはどうなんだ?」
「リリアナちゃん?うーん、そうだな……あの子がある意味いちばん本心の見えない子だな」
「そうなのか?」
意外な返答にピクリと反応し、目だけを彼に移すオルハ。
「ああ、職業柄なのか生来の性分なのか気遣い上手だし甘えた事もほとんど言わないんだ。あの通り、誰にでも優しい振る舞いの出来る子だが……案外あれで心を開いてないのかもしれない。でもまぁ割とセインと一緒にいる事が多いようだな。魔物を倒した後なんかも二人だけ離れた場所で魔物の処理をを待ってたりするし……」
シータスが宙に視線を泳がせつつそう答えるのを受けてオルハもなんとなしにテーブルの上のグラスに視線を落とした。
「ふーん…………」
リリアナの心を自分に向けさせるのは思ったよりも難航しそうだと思った。
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